限りなく透明な海






伊豆下田の最南端―石廊崎





限りなく広がる透明な海!






透明度では日本でも指折りとのこと、、、、










晴れた日には、エメラルドグリーンの水面





多くの若者が、サーフィンをしています。。。。。。





石廊崎の近くに閉鎖になった‘ジャングルパーク’というところがあって、、、、



ローケーションは最高!!



朝日と夕日が同時に見える場所です。



半島の最南端で、ホテルでも作ったら、、、、コンドミニアムでもあったら最高なのに、、、、



勝手な想像をして楽しんでいます。



鍵が掛かった温室だった所を覗くと、10メートルはゆうにありそうな熱帯雨林が茂っています。



何とか、不動産屋とか、地方自治体で復興出来ない物かしら?



こんなに美しいところは中々見つからないのに、、、、、



透明な海を見て、またもや世俗的なこのことを考えているのがおかしいですね〜








いろんな時に訪れるこの下田の海!




仕事で苦しい時も、どうしようか?悩んでいる時も、、、、、




いつも慰めてくれました。。。










小さな漁村が沢山あって、、、、、





漁のない日も、漁師さんが網の補修をしています。





とてものどかで美しい!




いろんな小さな事でがっかりしたり、、、、くよくよしたり、、、、、、




自信を失ったり、、、、、、、




思った事が思い通りに行かなかった時や、、、、(結構多いのですが、、、、、)





この透明な海は、波の音と共に心を静かにしてくれます。




美しい自然の恵みに感謝!






















コルビジェのフェルミ二の教会





前回でコルビジェの自邸のキッチンの話をさせて頂いたので、


未だお正月気分の抜けないうちにコルビジェが死去されて40年近く経って建設された教会


フランスのリヨンから1時間くらいのフェルミニの教会


死去された後、いろんな人の働きで建設に取りかかれる事になるのですが、、、、、


図面では解読出来なかったコルビジェの本当に大切にした精神性の現れが発見できます!







外からは何の為の塔で、何故色が内側に塗ってあるのか?



それも一つの方向からではなく、四方から塔が見えます、、、、、



そうして全ての塔が違う色に塗り揉められて、、、、、、、



コルビジェのこのフェルミニの教会の建設に生涯の夢と全てを捧げた人の事を読みました。



その方は、コルビジェが奥様といつも過ごされた南フランスのカップマルタンの



有名なコルビジェの夏の休暇小屋の隣のビストロ’ひとで軒’の息子-ロベルト レビュタートさん



彼は小さい時からコルビジェと海に入り、ひとで軒では、紙のテーブルクロスの上に



スケッチされたコルビジェの図面を見て、将来は建築家に成ろうと決心したそうです。



そうして建築家に成った彼は、自分の全財産をフランス政府に寄付にして、



カップマルタンにあるコルビジェの休暇小屋ーキャバノン、アトリエ、アイリングレーの

別荘ーE1027,ユニテキャンピング等々の復旧に生涯を掛けて行きます。。。。。







コルビジェの謎の出来事!



自分の事務所に働いていたアイリングレーの夏の別荘E,1027に、奥様と滞在している時に、



その家の持ち主のアイリングレーには内緒で、フレスコ画を書いてしまって、、、、



アイリングレーとは絶交してしてしまうのもカップマルタン!



水泳の最中に溺れて死去してしまったのもこのカップマルタンです。



そこに、ビストロを構えていたひとで軒のオーナーの息子はきっと色々なエピソードを聞かされたのでしょう。。。。。。。


その長い時間の蓄積が、このフェルミ二教会の建設に大きく動いていくのです。










先程の、塔の謎は之で解けたでしょう、、、、、、、



最初は、いくつもの光がコンクリートの壁から入って来ます、、、、、



そうして目がようやく慣れた頃にはそれは光の動きと成って入って来ます。



まるで神の御光のようです。チェンバロの音さえ聞こえてきそうです。



私は宗教を持ちませんが、この光を見た時は、鳥肌が立つ程感激しました。







この光が入って来て動き始めて、気がついた事ですが、この教会には祭壇がありません、



特別な具現化された祭壇よりも、太陽の光が神の御光を感じさせてくれます、、、、



敬虔なキリスト教徒でなくても、この光は感動します。



神聖なものに触れたようです。










かなり多くの人達が見学に来ていたのですが、皆言葉を失った様子です。



静寂が広がります。



時間にして20分くらいの光のドラマは訪れた人達をとても幸せな気分にしてくれます。








アメリカへ渡航される船の中で、将来のフェルミニの街の市長さん(クロディウス、プチ)に成る方と出会い、コルビジェは彼の持論―モデュロールに着いて熱弁―意気投合するのです。


1953年、クロディウス プチがフェルミ二の市長に就任するや、‘フェルミ二 ベール’
(緑のフェルミ二)計画に着手、コルビジェに声がかかったそうです。


‘古代ギリシャのように、住居とともに、スポーツ、文化、宗教が集合する街の要’


でも、コルビジェの晩年の計画だった為、文化と青少年の家だけ生前に完成します。



そのあと、この教会が建てられる前に市長さんは辞任され、教会も建設費の高さの為に実現せず



教会の塔を何度も低くして設計変更しているうちに、コルビジェも亡くなり、、、、、、、



忘れ去られそうに成っていた教会!!



その復活は2001年の工事の権利を所有していた信者を母体とする団体と、



根強いコルビジェファン達の奔走で、2006年に完成します。


そこには、本当はコルビジェが一番伝えたかった、‘人の為の建築、それはアカデミックな建築論

に掟に縛られるのでも、綺麗な線を描く事でもない、人間に一番大切な、光、色、匂い ーそうし

たものを大切にした建物!それが考えられていたのかも知れません、、、、、、








フェルミニの市長が健在の時に完成した青年館は、そのまま保存されています。



廊下も入り口も図書館の扉も動き易いようにコルビジェらしいデザインで。



マルセーユのユニテアビタションの集合住宅にも駆使されていた’モデュロール論’

寸法の概念が生きています。










朝は自邸で絵を描いていたと伝えられるコルビジェの絵や彫刻を建物の中にも外にも見る事が出来ます。




韓国の金重業さんが生きておられたら、’コルさんはね〜朝は絵をかいておられてね〜、午後から

スタディオに毎日現れてね〜〜〜〜とうっとりした表情でコルビジェの幾つもの思い出話をされる

事でしょう!










キッチンハウスのキッチン






このキッチンはパリにあるル コルビジェの自邸のキッチンです!



家具のデザインを担当されていたシャーロット ペリアンのデザインとの事です。



マルセーユのユニテ アビタションの集合住宅も全て彼女のデザインしたキッチンが入っています。コルビジェ のファンの人がが5室買い取ってホテルにしているので、宿泊してゆっくり
すべてに気を配られた当時と同じデザインの部屋に泊まる事が出来ます。



キッチンは決して大きくは無いのですが、お料理上手だったと評判のコルビジェの奥様は
ここでいろんな手料理をコルビジェはもとより、お客さまに作られた様子です。
(随分前、韓国のソウルで、コルビジェのスタヂオに勉強にいっておられた金 重業さんに伺いました。―コルさんはね〜、、、、、、、と言うのが口癖でした。。。。)












このキッチンはキッチンハウスの新作で、西ドイツの材料―エバルトを使ったキッチン!



キッチンの扉も天板もテーブルも全て同じ木目で揃っています。



これは他のキッチンメーカーでは出来ない技術!



都市周辺も少し近郊も土地の高さは世界での有数、、、、、、



自ずと家に避ける面積が限られます。



そんな日本の住環境に適応したのがこのエバルトキッチン!



価格もリーズナブルで、それでいて色や木目を統一出来て、丈夫でキズが目立ちにくいです。



うちの自宅もキッチンハウスですが、どこがどう違うのか?とてもしっかりしています。



工場の方は、キッチンの箱を西ドイツの製法で、インジェクションという方法で作られているから、、、、、、、、、と教えて下さいました。








ヨーロッパの家具の展示会のテーマも’リビング イン キッチン’



今年は、ミラノのサロ―ネに先駆けて、ドイツのケルンの国際見本市でも



キッチンブースのテーマは’キッチンに住まう’!!



ドイツ的な上記のテーマはいかな物か?



見に行くことができればご報告いたします。



キッチンハウスのキッチンは藤岡の工場でドイツの材料、イタリアのマテリアル、



ヨーロッパの機械で、今日も作られています!



機能とデザイン+使い易さを徹底的に磨き込まれたキッチンハウスのキッチン。



是非お近くのショールームをご覧下さいませ。



福岡、大阪、名古屋、東京、藤岡にあります。