メゾンエオブジェの報告会をキッチンハウス大阪店で!






去年の夏にキッチンハウス大阪店は,全館改装されてオープンしました。



2月23日に今年のメゾンエオブジェの報告会をしました。


ミラノのサローネの展示会と、メゾンエオブジェの違いをず〜と考えていて、


上海のフランス租界の本から新しい言葉を発見しました。


‘アール エ ビブレ’ =英語だと、artistic living


日本語だと、‘暮らしの楽しみ方’ ‘芸術的な暮らし方’?













今回の報告会は95%がコーディネーターやインテリアデザイナーの女性



1時間後のスライド会の後は、お洒落な茶話会



丁度、テーマの’お洒落な暮らし方’にぴったりのケータリング



若いコーディネーターの方々は、美しく並べられたケーキや、サンドイッチに



カメラのシャワー!












少し小雨だったので、出足を心配していましたが,70名弱の方がいらして



メゾン エ オブジェのスライド、パリ,ミラノのインテリアショップの様子、



友人のポンピドーセンターのチーフキュリエイターのお宅、



ミラノのエットレ ソットサスの書斎のスライド



最近では一番感激したル コルビジェ死後40年にして完成した



フェルミ二のサン ピエール教会の映像!



欲張って5月18日にオープンを迎える上海のショールームの様子



と、,,,,1時間はすぐに経過してしまいました。















最近より充実したマノーネ




キッチンからリビングのTVボード



寝室の収納、デンの書斎の本棚等々、



同じ面材で全て統一可能です。




美しく改装を終えたキッチンハウス大阪店に是非遊びにいらして下さいませ。











日本の工房が大活躍!






今年のメゾンエオブジェは日本からの出展が多かったです!


ジェトロとして大きなブースが有り,色々な小物を全国から持ち寄り、

メーカーの方々も参加して,ヨーロッパ市場の開拓に勤しんでおられました。


細かい欧米からの要望をヒアリング出来るので之からの開発にも

とても良い情報が入るのだと思います。


素晴らしくモダンなファブリックを見つけたら、何と九州の久留米織り

会社の方々も生き生きと説明されています。



日常で忘れている日本の伝統の美を再確認するとても良い機会です。



欧米の人達も最近のイーストミートウエストの流れで


日本への関心も深まっているのだと思います。














以前は,ドイツの国際家具見本市が世界で一番大きなインテリアのイベント


サローネは今集客数でかなりドイツを超えているとか、、、、


そのサローネの集客数をパリに集めようと追い越せ追い付けのメゾンエオブジェです。





パリでの家具展を同じ場所に同時期に開催するようになって,ブースは


3倍の大きさです。以前3号館くらいだった物が,今では9号館まであります。




サローネの時のように、街中でもいろんなイベントがあります。


サンジェルマン通りには、以前から家具屋さんが多かったのですが、


最近ではミラノのモダン家具(カルテル、B&B、カッシーナ、ボッフィ等々が

この近辺にショールームを開き始めました。




メゾンエオブジェの開催中は勿論海外からのお客様を引きつけように


色々なイベントやパーティが開催されています!












やはり、メゾンエオブジェに展示されていた富山県高岡からの’能作’


400年の歴史を持つ、加賀の鋳造技術を用いて仏具の製造を大正5年から始めている


老舗で、鋳型(いがた)に流し込んで製品を作る鋳物が製造方法です。



その技術を活かして家庭用品―例えば,風鈴,涼やかな音色です。










中に金箔を張り込んだお酒のおちょこ、徳利、それに現代の生活を反映した


シャンパンやワイングラスがあります。



金属は、錫、真鍮、青銅、アルミと用途や製造方法により,使い分けされています。



錫は,金、銀に続く高価な金属で抗菌作用が有るそうです。


紀元前1500年前から古代エジプト王朝の頃から使用されていて

日本では正倉院展で拝見したのを思い出します。



能作の錫は純度100%で、純度の高い錫は柔らかく,手で簡単に曲げられる特性があり


その曲げる時の音が素晴らしい!



ピキピキと、、、、、錫の分子がふれあう音がします。


金属を手で曲げられるのってあまり今まで経験した事の無い事で


その軽やかな音と一緒にちょっと嬉しくなって来ます。




もうすぐ,キッチンハウスの各ショールームにも展示されて


キッチンハウスセレクションのサイトでご紹介する事になっています。


乞うご期待!







藤岡第2ショールーム




藤岡のキッチンハウスの工場の中に、こんな美しい空間が出来ました!


之から繰り広げられるキッチン+リビングの新提案!


乞うご期待です。




キッチンハウスのオーナーのビジョンで、決して高級な商品ばかりではありません。


多数の人々の要求に対応出来るようにリーズナブルラインが登場します。





外食に頼っていた都会の生活も,最近は友人を自宅に呼んで


ホームパーティ形式にしてわいわいと!




リーズナブルで質の高い中南米のワインを中心に,ご主人もキッチンに立って


職場の人達を集めての食事会、子供の友人達の休日のひととき!




そんな折、キッチンとリビングルームがコーディネートされていたら


とても素敵で、もっとお友達を招待したくなります。















去年仲間入りしたマノーネの収納



キッチンのアイランド化が進む中、リビングルームのテレビ台


リビングボードとの木目合わせがとても課題になっている昨今、


この課題に逞しいパートナーが出来ました―マノーネ収納




マノーネは今から30年位前に、イタリアのミラノで建築を勉強した


当時若き建築家―坪井はじめさんの設計でスタートしました。


偶然、坪井さんのお姉様がイタリアの有名な建築家―ジオ ポンティオの甥


エマニュエル ポンティオサンと結婚されていたので、良くミラノのお宅に遊びに行きました。





ご自宅の食事会で緊張して行ったのですが、夕食はパスタとサラダ


美味しいワインがあって、食後のチーズが印象的で、こんなに簡単に人をお招きしても


やはりレストランとはひと味違った雰囲気が出せて、自宅にご招待するって大切だと


教えられた事を思い出します!













西ドイツ直輸入のエバルト素材



大変な硬度を持ち、キッチンの天板の部分と,リビングボードが同じ色合いに揃います。




之って簡単そうですが、日本の素材では中々実現出来なかった事です。




日本の印刷技術は世界でも誇れるレベルで、


良く欧米のメラミン工場を見学したとき、‘大日本インク’の印刷した


木目を使用している工場を良く見かけました。




只、キッチンの天板となると話は別で、、、、、、、




どうしてもドイツのこのメーカーのエバルト素材に勝てる素材は中々入手困難です。













現代アートのギャラリーにでも成りそうな空間




ここにキッチンハウス+マノーネが新たな提案を含めて展開されます。




高級なインテリアショップはどの国にも素晴らしいものがありますが、


ここ藤岡では,リーゾナブルな価格でのリビング提案が!


視聴覚に訴える掛ける提案。。。。。。




マノーネ収納は勿論ベッドルームのワードローブにも新たな提案




例えば、大好きなペットの為のペット収納!



大切なご先祖様のお仏壇を収納出来るリビングボード



機能重視の洗濯スペース、アイロンスペースと、日常の細々した作業を想定しての収納




出来上がりましたら直ぐご報告しますから、

是非一度、藤岡第ショールームへお立ち寄り下さいませ!



















ミラノインテリアショールーム





イタリア フリウリ州の ’バルキッチン’


ミラノのミーレ厨房機器のショールームの近くに最近オープンした


ユニークなキッチンショップ!


キッチン、料理、インテリア 建築の本を一緒に販売しています。





地下に大きなライブラリーがあって、無垢の木のベンチが並んでいます、


その前には選び抜かれたキッチン関連の書物が並び


ゆっくり読書が出来ます!


インテリアにも拘りがあるので一見の価値ありです。












益々,大活躍のアントニオ チッテリオ氏



B&B社とブルガリを繋いで、ホテル産業に進出,ミラノを始め

バリ,ドバイにアントニオ チッテリオのデザインするホテルの建築,内装も全て

彼の直接のデザインです。




B&B社のミラノ ドリーニ通りのショールーム


ブルガリ社に統合後直ぐは、オランダのマルセルワンダーや

いろんな作家の家具も見受けられましたが、

何年か過ぎてくると、やはり アントニオ チッテリオ一色です。












イースト ミート ウェスト


東洋の雰囲気たっぷりのコーナーです。




街角で、チッテリオと奥さんのテリーにばったり会いました!

二人とも盛装で,どこか大切なパーティに急いでいる様子です。

ミラノは街が小さいので,夕方バールであったり,道端で出会ったり、、、、、

と、いつかテリーがアメリカでは中々考えられないけれど、ミラノは

小さな村のようだ!それがいいけどね。。。。と言っていました。















フレスコ画のあるドリアデのショールーム




マンゾーニ通りに面して,広大なスペースです。




南アメリカのアルジェンチンかどこかのセメント会社がスポンサーとか?


それにしても素晴らしいフレスコ画の有るショールームは珍しいです。




こんれだけコンテンポラリーな家具も中世の風情の有る空間に有れば


また違った雰囲気が出ます。




キッチン+収納家具,置き家具あり、、、、、


食器類もオリジナルで、ボージェック シーペックさん(チェコ人)


オスカー トスケ氏(スペイン)等々、豊富な品揃えです。











ソルフェリーノ通りのボッフィーのショールーム





最近、リビング ディバー二社とのコラボで、リビングの設えも披露




独特な空間に、間接照明だけでインテリアが完成しているので


雰囲気が有ります。



地下や半地下には、ボッフィーのキッチン、洗面、


それに収納のコーナーがあり、いつも図面を持ち込んでのクライアントとの打ち合わせで


忙しいショールームです。




オリジナルの水洗金具もディテールが美しく、、、、、、


ここまで揃ったショールームは少ないだろうな〜と思っていつもチェックしています。










素晴らしい友人に出会えました!





ミラノのグランドホテルの5代目オーナーのダニエラさん


彼女とはいろんなところに一緒に旅をしていますが、

去年の夏、彼女にくっついて行ったギリシャの小さな島、ナクソス諸島

素晴らしいカップルにお目にかかりました!



ダニエラさんもその旅が初めてお目にかかったと伺いました。

美男+美女のエレガントな熟年カップル―サラさんとシルバーノさん

ダニエラさんも大変魅了されて、何とは無しにお二人の話になります。。。。。













3年間きっちり閉めて大改装―全く元のデザイン、ファブリックに戻した工事を終えて

再開したのが今から何年前でしょうか?

ジョゼッペベルディーのタイトルの有る部屋がスウィートルーム、

‘マリア カラス’ ‘ロドルフ ヌレエフ’‘マーゴット フォンティーン’、、、、、

歴代のスカラ座のスターの名称から名付けられた部屋




今夜は,ダニエラさんのご招待でメインダイニング ’ドン カルロス’



壁には往年のスター達の写真が掛けられています!










去年の出会いの中のハイライトは、サラさんとシルバーノさんに出会った事!




サラさんの立っているところはピエモンテの代々のお家が有る所。



去年の白トリフの時にご招待頂いて泊めて頂きました!



ご自分達家族と,会社の人達の為に作られているワイン畑をゆっくり眺めて


美しい稜線が続きます、、、、、、


幻想的な風景です。










イタリアの美味しいところはちょっと知っていたつもりでしたが、


ピエモンテに連れって行ってもらって‘目から鱗’の気分


最初のレストランは、知る人以外には絶対見つからないところに看板も無い、

只,普通のお宅よりは車が沢山停まっているのが目印くらいですから、

常連サン以外は探す事も不可能でしょう。。。。。



とてもユニークなレストランで、オーナーがダブルサイズのワイン

バルバレスコ と バローロの年代物を持ってテーブルを廻ります。

ちゃんとお客さんに寄って好みを覚えていていろいろ話して注いでくれます、

お料理は手打ちのパスタ,手作りのプロシュート、、、、、、

秤で量った白トリフをふんだんに掛けて召し上がれ!



あまりの美味しさにショックを受けました!


最近なかったショックです。。。。。


それ以来、ワインはピエモンテ、食材もピエモンテ、チーズもと、、、、、

ピエモンテファンに成ったのは当然です。












いつも静かで、知性的でハンブルで美しいお二人!


お目にかかると,素晴らしい絵画に出会ったような福よかな幸せに包まれます。


どうすればそのような人に近ずけるのか?永久の課題です。。。。。





エットレソットサスが住んでいた住居




エットレソットサスの住んでいた住居は今、パートナーだったバルバラさんのオフィース


何度か電話を頂いて、今回は勇気を出して訪ねました。


エットレのパートナーのバルバラ ラディーチェさん!


お父様は有名な未来派の現代画家です。


彼女はエットレの本の翻訳をしたり、執筆生活を送っていると聞きます。


エットレソットサスを知った30年前からのおつきあいです。












エットレが尊命中,伺った事のあるお部屋はそのままでした。



こんなに曇っているのに、色が一杯でとても明るく快活になります。



色について,エットレのこだわりを感じます!



倍以上の本が有ったのでしょうが、パリのポピド―センターに寄付されたと聞きました。



それでもリビングルームはありとあらゆるタイプの本で満載です。



‘イサム 野口’の本、エットレが尊敬していた写真家のアラーキ氏



いつも読んでいた、‘紫式部の源氏物語’

白い色に着いて、エットレが真剣に話し始めたのを思い出します。。。。。。

白には色々な白があって、、、、、、恋文を書く時は、前夜着ていた浴衣の白と同じ白

の和紙を探して書く!と有る。。。。。。。。と感慨深げでした。










いつも忙しそうなバルバラさん。



11月にエットレの晩年の硝子の器をドイツの画廊で展示して、

企画に忙しかった様子です。



‘KACHINAS’ーエットレが87歳位からの作品でしょうか?


今までとは、とても違った作風です。



アフリカの言葉で、’KACHINAS’ とは魔除け、いろんな困難から守ってくれるお守り


だそうです、バルバラさんが大切にしているエットレの思い出でしょう。。。。










若し、アクシスビルの石橋寛さんがエットレソットサスを紹介してくれなかったら?


きっととても違った人生を送っていたと思います。




建築家であり、思想家のエットレソットサスにいろんな事を習いました。



今でもエットレソットサスだったら,こんな時どう言う反応をするか?

心の中で考えています。



そして、その時のスアソシエイツだった、クリストフ ラドルさん、アルド チビッチさん、

マルコ ザニーニさん、、、、、、、、皆今は大切な友人です。














東京のミッドタウンの中のイッセイ三宅ギャラリーで昨年あった、


‘クラマタ 史朗さんとエットレ ソットサスの展示会’




最晩年の作品が並びます。




5、6年位前、ビアポンタッチオの画廊で、エットレソットサスの


違った作風の作品を見ました!



90歳近くになって今までとは違った作風の作品を発表出来るなんて!



情熱とデザインに対する飽くなき戦いと人生に対する溢れる愛情が含まれています。。。。。。



エットレソットサスがアソシエイツと一緒に立ち上げた’メンフィス’の頃の写真!








ミラノのポストメンフィス画廊にて




約30年前、エットレソットサスとアソシエイツが提唱した


メンフィスはここで生まれました,最初のオープニングには


クラマタ 史朗さんと奥様の姿も見えました、、、、、、





ミケーレデルッキ、アルドチビッチ、マルコザニーニ


多くの大作家を生んだソットサス事務所。




いつもインターナショナルで、世界各国の若者が仕事をしていました。


アジアの人、アフリカの人、ヨーロッパ各地から


メンフィスの活動を勉強したいと集まった人達です。




その活動はあまりに世界で取り上げられて、エットレの希望で約10年で閉じましたが、


その後,このギャラリーを運営する人が現れて,今は現代作家の画廊です。











友人の誘いでオープニングに出掛け,日本人の若い人達の作品に触れました。


東京にいて、中国で展覧会をしたのがきっかけで,こうしてミラノでも、、、、、


この画廊のオーナーのお宅に泊まって,毎日展示作業をしたとか。。。。。。


kazunori Matsumura サンの作品で、陰がとても美しいです。



最近、ミラノの街では、モンテナポレオーネ通りで,買い物をする人より、


こうして芸術活動をしていたり、こちらに住み込んで建築の仕事をしていたり、


設計事務所に働いている日本人を良く見かけます、美味しいレストランには必ず


日本人の若いシェフに出会います!




之からの若者が自分のしたい事を知って,海外に出て活動するのは


本当に逞しく,嬉しいことです。












あなたの作品はとても詩的で余韻が有る!素晴らしい!


ベタ褒めするイタリア人女性の、喜びを隠せない作家です。




未だ初めてのミラノで、画廊のオーナーの家とここを毎日往復する10日です。


ト言っていましたが、きっとこの経験は大切な物を生む気がします。



言葉があまり出来ないので、、、、とハニカミがちでしたが、


ファンの前には堂々としたものです!











オープニングで簡単なチーズとワインが置いてあった奥の部屋




エットレソットサスの硝子の器が飾ってありました。




やはりこの画廊のオーナーもエットレソットサスをこよなく愛していた人でしょう。














エットレ、89歳のときに、TJMデザインの季刊誌の為にインタビュ〜にうかがいましたが、


そのときに若い南米の女性と一緒に模型を作っていましたが、


そのプロトタイプと思われる硝子の器




88歳くらいから、とても作風を変えていたエットレソットサス!


未だ未だ皆の心の中に生き続けています。