ベルリン最新情報






美しいお茶室、これはベルリンの郊外高級住宅街の中の美術館の一室



クラウス ナウマン氏の寄贈で出来上がったお茶室です、週末には時間を決めて

実際にお手前に参加できるシステムに成っています。



美術館の東洋美術を集めた別館ークラウス ナウマン氏の日本美術及び陶器が寄贈されて

いて点数が多い為、年に4回展示替えをしているそうです。










琳派の作品も並んでいます、日本の国立美術館にいるような錯覚を起こします


それにしても日本の美術収集家と聴いていましたが,祖国にこのような素晴らしい作品を


寄贈されるのは誰にでも出来る事ではなくとても素晴らしいと思いました。




クラウス ナウマン氏は30年以上前、東京在住の外国の友人達と東京近郊の

温泉に行くツアーを企画して ‘タオル倶楽部’ と称していました、チーフタオルがいて

温泉の段取りを取り仕切り、‘おしぼり’さんや色々な名前を付けて呼び合っていました

その頃、知り合った英国のドクターの友人で知り合いました、タオル倶楽部の友人は

殆どが日本の女性と知り合って結婚して、今は色々な所に住んでいます。。。。。。。










クラウス ナウマン氏も美しい日本女性よしえさんと結婚をして東京とベルリンを

行ったり来たりしておられます、今回も奥様から住所を聞いて伺いました。

ベルリンから車で20分位のドイツらしい重厚な住居が建ち並ぶ住宅街にあり、

少し脚を伸ばすと、美しい湖にたどり着きます、、、、、、












この美術館には東南アジアのコーナー、オーストラリア、アフリカと続いて

ここは南アメリカの美術が並んでいます、それにしても大きな彫刻ー運搬には

何人の人が掛かったのでしょうか? 何千年も前にどのような方法で,製作され

移管されたのかロマンが広がります。








ビザンチンの頃のフレスコ画も見事に壁に展示されていました。。。。。。



今回は自由を取り戻したベルリンの空気とあらゆる所に感じる底力に

本当に魅了された旅でした。









ベルリン新事情







東ベルリンミッテ辺りがとても面白い!



使わなくなった工場を改造して建築家の展示をしているブース


今回は’理想郷の誕生ーボルビア’とのタイトルで、色々な建築家の試行錯誤


ドイツ語は全くわからないのですがパースや図面で其のユニークさが感じられます、


エコをタイトルに街は植物で構成されていたり、子供中心の街作り等々、、、、、、


夢は広がります!













この工場跡地には勿論カフェやバーがお洒落にデザインされていて


やっと訪れた夏を謳歌しています。




チュリッヒの鉄道車庫だった所を改造したショッピングセンターに


モダン家具のショップとバレエの稽古場があり、とても感動しましたが


このベルリンの工場跡地も芸術家でなくてもクリエイティビティが湧いて来ます。




私がバレエリーナ―を志していた10代の頃、バレエの先生が暖かい所と


美味しい物が沢山ある所には、芸術は育たないから行かない!ト言っておられたのを


思い出します、勿論極端な発言で例外が多いですが、少しは同感出来ると思います。




それにしても東ベルリンには素晴らしい工場や古い素敵な建物が沢山あり


ほぼ破棄されています。。。。。不動産屋さんだったらわくわく開発したくなる物件が


街中に散らばっています、きっと毎年訪れる度に驚かされる事でしょう。











ベルリン住在の友人がキッチンとインテリアショップが集まったショッピングモールを



紹介してくれたので早速訪問しました、堅実なドイツ人気質に有ったディスプレイ



ブルトハープが設置されたマンションは坪単価が高く売れる!


そういうキャッチフレイズで作られているアングロサクソン系


ロンドンやニューヨークとはひと味違ったショールームの設営です。












宿泊していた’ロフト’という名称のアパートですら100平米近く有り


天井が高く、コンクリート打ちっ放しで、ブラインドと大きなカーテンが天井から


下がってとてもモダンでした、このスケールから想像すると他の住宅もとても


広いスペールだと思い、ミッテ地区の不動産屋さんの看板を覗きました。


何と,100平米代は少なく,200平米から300平米での価格が表示してあります。



このインテリアモールの展示キッチン達もスケールアウトしている筈です。











ジーマティック、ポーゲンポールがドイツのメーカーとしては


地味なディスプレイです。。。。。。以前ポルシェデザインのキッチンを展示していたのだ


そうですが、マーケットと合わなくて小振りのキッチンに模様替えしていました。




このショッピングモールは西ベルリンの高級住宅街の傍にあり、同じ通りには


建築資材のメーカーや暖炉のメーカーのショールームが所狭しと並んでいます、


住居を大切にする国民性と質素堅実の人柄がとても表現されていて


国に寄ってアプローチを変える各キッチンメーカーにも驚きました。







ベルリンの現代美術館






ベルリンの古い駅舎を改造して作られた現代美術館



まずは美しい空間に感激!ヨーロッパの駅はどの駅もとても素晴らしいですが

東西が合体して25年が経とうとしているベルリン

中央駅は新しいガラス張りの建物になり、使われなくなった駅舎は現代美術館に変貌



世界中から色々な観光客が訪れます、到着したときは少し列が有りましたが

あまり沢山の人が一度に入場する事を規制している様子です。










色々な場面が美しいです、静かな空間に透明な空気な流れます。。。。。。



韓国のナムジュン パイクのビデオアート


マルセル ヂュシャンの大硝子


大作家の作品が並びますが、会場を隔てて、別棟では若い学生達の出世作も展示されていて

緊張感を緩和してくれます。








初めて訪問したベルリンですが、特に東ベルリンのミッテと呼ばれる


政府の建物から始まり新たな計画が多い当たりには、沢山の現代美術の画廊があり


お洒落なカフェとブティックが並びます。



ドイツの首都に成ったベルリンで東西が合体した事実等々、


もっと片苦しいイメージがありましたが全く変わりました。


とても自由な雰囲気が漂い、人々が自分の人生に真っ向から戦いを挑める

そんな感じがしました。。。。。。。



パリのように拝金主義が至る所に目に付いてちょっと退屈な感じが無く、

やっと勝ち得た自由を100%謳歌しているように感じます









他の都市との大きな違いはもう一つ子供が多い事、


一部のファッショナブルストリートは小さな犬を連れ歩いているのが目立ちますが


ここベルリンでは幼児の乳母車を押している若いカップルが目立ちます。


まるで乳母車を押していないとこの通りを通れないような錯覚を起こす程です。


詳しくは分かりませんが若いカップルが働きながら子育てするシステムが出来ている


オランダのように信じられない位メリットが保証されていると感じました。









若いカップルが自由にお互いのキャリアーを大切にして子育て出来る環境


成長する国には本当に考えなければ行けない事だと痛切に思います。




勿論どの美術館も子供連れがいて、ゆっくり時間が流れます。




ベルリンの美しさ,自由さ、愉しさに目覚めた旅です!











ミースファンデルローエの個人邸ー東ベルリン







1933年ベルリンに完成したミース ファンデル ローエ氏の手がけた個人邸


ナチスの台頭が著しかった頃、グロピウスが指名したバウハウスの校長の席


バウハウスの閉鎖と共に、アメリカ シカゴに亡命する年に完成しています。



激動の年に完成しているのに、何と言う静けさでしょう、


物質的な豊かさを超えた精神的な安らぎを感じる空間です。













‘Less is More’



30年くらい前、シカゴのイリノイ工科大学でのキャンバスの建築


真っ黒い印象的なホール、ニューヨークのシーグラムビルを見学して


ニューヨーク近大美術館で、ミースの大きなドローイングのコピーを購入しました、


でもその時の世界3大建築家のイメージとはかけ離れた安らぎ、精神性を感じる建物














小さな池に向って大きく開口されている限りなく自然さを失わない庭




大きな柳の葉が池の水にしたっています。。。。。。。


水鳥が静かに浮かぶ景色に東ベルリンにいる事を忘れてしまいそうです


でも友人が其の夢を砕いてくれました、この辺りは高級住宅化して


東西が分裂している頃には、多くのシュタージ(東ベルリンの秘密警察


諜報部員)が特権を自由に住宅として使用していたとか。。。。。













ミースはドイツアーヘンに,墓石や暖炉を扱う石工の父のもと、正式な大学で建築を学んだ


分けではなく、地元の職業訓練学校で製図エの教育を受け,リスクドルフの建築


調査部で漆喰装飾デザイナーとして仕事を始め、最初はドラフトマンとして設計事務所に


努めて、1913年アダ ブルーンとの結婚、アダの紹介でベルリン近郊の富裕層の


住宅を手がけていったそうです。













現在はミース ファンデルローエ財団により管理されて、現代絵画のギャラリーとして


展示されている大きな絵は販売して、其の資金も財団の基金になっているとか、、、、




中々ベルリン市内の威厳と力を誇る建築物を見学出来ませんが


脈々と流れる政治的な動きと反乱、


そして静かに耐えて物の本質を探ろうとするドイツ人気質


気骨に満ちた仕事に触れてとても豊かな幸福感にしたっています。。。。。。














ベルリンール コルビジェのユニテ タビタション







ドイツベルリンに1958年完成したル コルビジェのユニテ タビタション


数年前フランス マルセーユのユニテ タビタションを訪問した事があり、

入り口にはコルビジェ氏の主張の実践である’ドミノシステム’が刻印されていて

ここはマルセイユ?と錯覚するくらいエントランスは類似しています。



東西の壁が崩壊して25年が経つ今,やっとベルリンを訪問出来ました、

家具の国際展示会が毎年1月にケルンであり、大変な寒さで凍てついてしまって

休暇にドイツというイメージがわかなかったのが正直な話です。








コルビジェ氏がドイツ政府に協力的なビシー政権と親しく、

フランスレジスタンスの運動を支持したジャン ヌレー氏との関係は悪化

その後インドでの再会まで袂を分つ!という記事で読んだ事がありますが

ベルリンにいると第2次世界大戦の歴史の中にいるような場面が沢山。



あまり日本人観光客を見る事が少ないベルリンの街


確かに外見的な美しさに目を奪われてしまうパリやローマの町並みには無い

深い思想というか、頑固なまでの真面目さを垣間見る街ーベルリン

美術館も建築的にも沢山見学するところがあります。










今年の夏はヨーロッパでもヒートウェイブが来ていて、北ヨーロッパでも

30度を越す日があると聴きますが、ここベルリンは日中でも18度位

ドライに乾燥した空気の中、身が引き締まる想いです。



住居を大切にするドイツ民族、ベルリンの元東ベルリン側のポーランドの近くまで

車で行ってみましたが統一されて25年が過ぎるのに廃墟と化した工場跡地

その周りの住居は共産主義の頃建設されたアパートが建ち並びますが

とてもスペースが広く、寒さを防ぐ為2重窓に成っていて堅実な国民性を感じます。










ベルリンのユニテ タビタションではマルセイユのようにホテルを営む人が無く


中の住居を見る事が出来ませんでしたが、完成当時の新聞の記事が沢山ロビーにあり


平面図からは、マルセイユのようにコルビジェの唱えるーモジュロールの実践


寸法が全てモジュロールに則っている様子がわかります。




ちょっと余談ですがベルリンは人口がヨーロッパでも多い割に


高層ビルが少ないのと緑が多いのでとても落ち着いた街に感じます、


このユニテ タビタションの廻りにも沢山の樹木が有り、オリンピック競技場の近く


公園にも恵まれていて、ゆったりと暮らせそうな気がしました。









レンガ、石積みー組積造が多いベルリンの街並の中で,スラブ、柱、階段のみ


建築の主要要素と唱えるドミノシステムを考案してコンクリートのモダン建築を


定着させたコルビジェ氏



ピロティー 屋上庭園 自由な平面 水平連続窓 自由な立面ー近代建築の五原則



ある記事に、コルビジェがサボア邸でこの五原則を完成させる前に


コルビジェの事務所にいたインテリアデザイナーのアイリングレー女史の別荘で


彼女が実現しているのを発見して、宿泊していたコルビジェが大きな白い壁に


自分自身で絵を描いてしまった事件を読みました、このアイリングレー女史の


カップマルタンの別荘もその後廃墟と化した建物をフランス政府が修復中の様子です、


完成したら是非見学したいと、サイトをいつもチェック中です。。。。。。。




明日はミース ファンデルロイエ氏のアメリカに亡命する前の家を見学してみたいと


戦後は東ベルリン政府の人達の住居に使われていたとか、歴史に弄ばれる事に成る


ベルリンの建築を廻って見ます。