インテル二誌のジルダ ボヤルディー編集長







イタリアを代表するインテリア雑誌ーインテル二誌の編集長ージルダ ボヤルディー女史



ミラノで毎年4月に行われるサローネ デ モービレ展を世界一のインテリアフェアに

育て上げた立役者です、20年位前まではドイツのケルンで開催される国際家具展が

世界一の規模、集客力を誇っていたインテリア家具展示会でしたが、

インテル二誌のジルダ ボヤルディー女史が、‘折角世界からインテリア関係の人々が

ミラノに集まるので、展示会場以外のミラノ市の中でもビックイベントを開催したら?’

という、シンプルな発想が功を奏して,世界一の展示会に成長しました。

(2013年の来場者数−32万3092人、参加国数−160カ国)










2012年のインテル二誌に掲載されたTJMデザインの上海ショールーム



代表取締役 田島庸助社長の大学の後輩である隈研吾氏の設計です。



新しく出来たインテリアショップが集まる上海の中心部に位置し、


隈研吾氏の日本的なモダンデザインが注目を集めています!



2011年には、ジルダ ボヤルディー女史が主催するサローネの一番アカデミックな


イベントーミラノ大学でのインテル二フェアに、隈研吾氏も作品を出展


18世紀に出来たスフォルツフォー城主の中庭で,インスタレーションが行われました。










今夜は,グランドホテルのオーナー ダニエラさんの招待で,インテル二誌の


アートディレクター クリストフ ラドル氏、ジルダ ボヤルディー女史と会食


ミラノ名誉市民に選ばれた二人の女性に囲まれてクリストフも緊張気味?





ミラノ スカラ座の並びに2世紀に渡って運営されているグランドホテル


ジョゼッペ ベルディー氏が晩年を過ごした事でも有名でベルディーの部屋


マリア カラスの部屋等々、往年のオペラ歌手、指揮者の名前を記した部屋が


残っています、3年間閉め切って元と同じデザインに修復した事も記憶に


新しいです、インテリアのオリジナル通りに修復,水回りは全てやり直した様子です。












今夜は他に,ダニエラ女史の友達、デザイナーのクラウディア ラビオリ氏の参加


ジョゼッペ ベルディーに因んで名付けられたレストランーベルディーで夕食


壁には往年のオペラ歌手達、バレーリーナー,ダンサー達の写真が所狭しと飾られ


ミラノの伝統料理が出て来ます、ここでもジルダ ボヤルディー女史は来年の


サローネ=インテル二誌60周年記念で,ミラノ万博の前年なので、緊張高まった


展覧会の準備をすすめているそうです。。。。。。









より斬新なデザイン、世界中から選び抜かれた材料を吟味して製作されるキッチンハウス


来年には,建築家シリーズの新キッチンも登場する予定です。




世界を圧巻するツールの製造技術、デザインを重んじる社風を基に、


より快適な住空間を日本に展開する使命を持ってキッチンハウスは躍動しています!




世界のインテリア雑誌ーインテル二誌も其の活動をいつも掲載し続けています。

















ミラノ現代アートを世に送り出したマッシモ ミニン展







ミラノの夕刻、食事前にギャラリーで現代アートの展示会を覗くのは日常の事、


今日もグランドホテルのオーナーダニエラ女史からトリエンナーレへのお誘い


1973〜2013までのミラノを代表するギャラリストーマッシモ ミニン氏の


40年に及ぶ収集された作品の一部が展示されています。




今見てもすべての作品が新鮮でとても生き生きしています、この白黒写真も


近くで肉眼では横縞にしか見えなかったのですが、カメラを通すと女性の顔












大親友のダニエラ女史と主人公のマッシモ ミニン氏、40年来の友人らしく


昔話に花が咲いています、エットレソットサスが60代に成ろうとする時に


若いイタリアの建築家マルコ ザニーニ氏らと共にミラノでデザイン事務所を開いた頃


このマッシモ ミニン氏も現代アートのギャラリストとしてスタートされたようです。




今日はオープニングなので沢山の人が集います、インテリジェントがあって


シックな着こなしの熟年の男女、さりげないセンスの良いいでたちの人々、


集っている人々を見ていてもマッシモ ミニン氏の偉業を感じます。










見覚えのある写真が数枚、白黒で展示されています、エットレ ソットサス氏


70年代でデザイン事務所を立ち上げる前の少し放浪をしていた時代の写真


エットレの自叙伝に寄ると、通い詰めたスペインの女性が撮影を手伝った様子です。





日本人建築家にはとても馴染みの深いーカルロ スカルパ氏のブリオン氏の墓


デザイン性で有名なTV-ブリオン ベガーの創始者のブリオン氏の墓の写真


ブリオン氏も奥様と一緒にいらしています、初めて逢った頃’日本人の建築家は


僕の祖父の墓に良く墓参りに来てくれるんですよ!’ と話されていて,


一瞬何の事かと思ったのを思い出します。




ベローナからバスを乗り継いでしか辿り着けない辺鄙な墓地ですが


熱心な日本人建築家は見学に行く様子です。。。。。。














ミラノを代表する女性デザインーパトロン達、まるで余裕があればデザインを志す人達を


応援するか?世に出す手伝いをするか?ボランティアに生き甲斐を見つける女性達


日常の会話でもこの話題で持ち切りです、グランドホテルのダニエラ女史も


グランドホテルを挙げてアフリカ マリの人達の救済活動をしています


勿論日常のようにギャラリーを廻って若いデザイナーの作品を購入、


自分の感性に逢った作家を見つけた時の目に輝き!いつもフル エナジーです。











来場者も参加できる色短冊に詩が書かれた紙ー一枚ずつちぎって持って帰れます、



大きな会場での圧倒される作品達を見終わった瞬間にこの参加出来るシーン



流石40年に渡って現代画家を世に出して来たマッシモ ミニン氏ならではの



会場構成です!




パリに引き続きミラノ来訪の折りは是非,美術館、ギャラリーをお廻り下さいませ!



ヨーロッパに息づく文化を大切する気質に触れるチャンスに恵まれると思います。










ミラノでは古い友人達が集います!







ソットサスアソシエイツのメンバーだったジョアンナ グラウンダー女史


20年前ソットサスに東京の自宅の設計をお願いした時に担当してくれました、


今はカリフォルニアのサンフランシスコに住んでいて、ミラノのアパートへは


年に数回戻るようです、今回もソットサス事務所の元メンバーを招待して食事を


作ってくれました!








トスカーナ出身のベッペ氏とプーリアのマッテーラ出身のジョバンネラー氏


二人はソットサス事務所がミラノで一番高級な’ ボルゴヌーボ通り’に事務所があったとき


知り合って彼此30年位一緒に仕事をしているとても素敵なカップルです。



いつでも笑顔で、いつでも優しい眼差しで世界を見つめています、


美しいプロジェクトを設計して完成する事が一番の生き甲斐らしく


色々な所での建築上の話で一杯です、今日は最近増えて来た中近東の仕事


エキゾチックで,活気があり、食事も美味しくとても気に入っているそうです。



ソットサス事務所では珍しいイタリア人カップルです。









ソットサス事務所はいつも世界中から若者が集まり、同じ国のスタッフは二人


同時期に採用しなかった位、国際的でした、其の若者達も20年,30年と経ち


一人一人独立して,色々な国で活躍しているようです。




普通、デザイナー達が集まると自分の話をしたい人が多いようですが、


今日の仲間はお互いとても余裕があり、長い時間が吹っ飛んだようです。










私の一番の贅沢!と言い放っていたのは,ジョアンナ女史ーミラノにこうしてアパートを


維持しているのが私の唯一の贅沢とはにかみながら,嬉しそうに話しています。



イタリアの家具屋、硝子製品等々で作品を発表しているジョアンナさん、


お料理をして皆を招待するのも、デザインを発表するのも同じ位楽しい事のようです。












先日東京ミーレの展示場での発表がフェスブックを通して世界の人達に知られて


ちょっと照れているクリストフさん! 早速インテル二誌に特集に成るようです。



8時集合で,皆持ち寄ったワインが全て空きかけています、時計を見たら


1:00時近くになっていましたが、誰も席を立とうとする気配がなく


‘ベイビー ウオーター’ と言って冷凍庫からロシア製のウオッカが出て来ました、


皆,遠慮する気配もなく竹の日本で買ったというお猪口に少しずつ継いでもらって


夜が更けるのも忘れて楽しい時間が流れます。。。。。。。






ミラノスホルツホ城の新館






ミラノースフォルツホ城の新しい展示スペースが出来て、ミラノの重要なデザイン


1970年代から紹介しているコーナーに、エットレソットサスの1980年代の


メンフィスの作品が展示されていました。




倉又史朗氏の話を書いた時に、エットレからメンフィスに参加しないか?


というお誘いを受けて,ラブレターを貰ったような嬉しさだった!という言葉が有りましたが


ポストモダンという言葉が未だ使われていなかった80年代の作品です。











アクシスビルのオープンの為に,ブリヂストンの石橋寛氏が紹介して下さった


エットレ ソットサス氏ーそれからソットサス事務所を一緒に立ち上げた


今はブラジルにいる マルコ ザニーニ氏、アルド チビッチ氏


先日東京で展覧会をしたクリストフ ラドル氏、マルコ スザー二さん


数を数えられない友人がエットレを通して出来ました。



若し最初にミラノでエットレに逢っていなかったら之くらいミラノの街に縁が出来なかった


もしかしたら,通り過ぎた街だったかも知れません。。。。。









逢う度に、食事をする度に、お酒を飲む度に、人生について!


美しい物の事、表面を見るだけでなく,そのこと、物に含まれる意味を感じ取る事を


教えて下さったエットレ ソットサス氏、建築やデザインを通して表現したかった


エットレの憧れたもの、愛したもの、失ったもの等々、、、、、、、



亡くなって既に有余年が過ぎているのに、この街に堂々痕跡を残し息づいている魂



エットレの呪文に未だ捕われていてそのことも幸せに感じているー変ですね〜










イタリアモダンデザインで最もセクシーだと思った作家ーカルロ モリーノ氏



テーブルやランプ、カテラリーが展示されています。


ジョジェっぺ テラー氏の頃のデザイナーですが、ファシストの象徴にされた


テラー二氏の作品はこのミラノ市運営によるースフォルツフォ城には展示されていません。









かなり晩年になったエットレ ソットサス氏の引き出し


フレイムは透明なアクリル樹脂で出来ています、90歳を迎える晩年になって

作風を全く変えたエットレ ソットサス氏


東京、六本木のミッドタウンでの’倉又史朗氏とエットレ ソットサス展’

カチャンーという、アフリカのお守りをテーマに作られた魔除けのオブジェ

今までとは全く違ったコンセプトでの展覧会


沢山の大切な事を教えて下さったエットレ ソットサス氏に感謝します!










センターポンピドーのシュールレアリズム展






晩秋の寒い雨のパリはポンピドーセンターにいるのが正解です、


今回はシュールレアリズ展という刺激的な企画展をやっていました。



1927年パリでこのシュールレアリズムの運動が開始、’フランス共産主義パーティ’

による,超現実主義の実現を唱えて、参加する芸術家がパリの戦争が始まる緊張感の中


いろいろな活動をしていた経緯の展示会でした。













入り口には ジョージ キリコとマルセルデュシャン氏の作品


大きなSCREENにはフランス語で,活動の主旨が語られていて、


個人の画廊で生きた女性の裸体の上に食べ物を並べ、それを囲んで大人の男女が

ワインを片手に食事をしている映像や、ミロのビーナスの像に沢山の毛皮を着せていたり、

作家自身が美しいマネキン人形を箱から大切に出してキスをしてそのあと、音楽に合わせて

ダンスをして恍惚の表情をしているムービー、、、、、、、、


当時としてはかなり話題を攫ったようでしょう。。。。









セクシーな人形を作ったり、白黒の写真を発表するマン レイ氏



色彩豊かなジョーン ミロ氏の絵画の数々


マックス エルンストやルネ マグリットの作品達、

ベニスのグッゲンハイム美術館のペギー グッゲンハイム女史の自叙伝に出てくる

ペギーに親しかった作家が沢山出展されています、其の自叙伝に寄ると、ペギー女史は

公私共に,彼らの活動を支援したようです。。。。。。













アレキサンダー カルダーの繊細な浮いている彫刻



ハンス ベルマーがオーストリアの作家ーオスカーココシュカに製作を依頼した

人形達もセクシーに美しさを競い合っています、両性を持つ人形だったり、

上半身女性で、下半身男性の裸体だったりとちょっとびっくりしてしまいますが。。。












ジャコメッティーも、いつもと少し違った細い細いアイアンの人物像



1938年にはマルセル デュシャン氏提案の’国際シュールレアリズム展’が

インスタレーションの形で具現化したようで其の模様が映像で映し出されていました。



日本に帰ってゆっくり勉強したいテーマです。






ユダヤ人の為の美術館ーパリ







ポンピドーセンターの近くに位置するユダヤ人の美術館


マリーロー女史が連れて行ってくれました、‘アンネ フランク’記念公園

2007年に完成し引き続きこの美術館が出来たそうです。



入り口は物々しいチェックが有り、まるで私達の入場を拒否しているかのようです、

飛行機に搭乗する時よりも厳しいチェックで、ちょっと緊張感が増しています。









晩秋で葉が落ちて寂しい公園に成っていますが、春にはとても美しい花々が咲き乱れて


赤ちゃんを連れた若い人達やバゲットを片手にランチをしていたり


沢山の人々で賑わうそうですが、今は人を寄せ付けない雰囲気です。


マリーローがアンネ フランクさんの話を知っているか?と聴かれたので

小さい頃から,ゲットに連れ出されるまでのストーリーを読んだ話をしました。











とても美しい建物で、展示内容もさることながらフレスコ画が修復されて残っています

雨上がりの湿度の高さと、之からやってくる厳しい冬の到来、

之から始まるであろう、ゲットとの深淵なストーリーに脚が竦む思いです。



入り口からは一切写真が撮れないのが残念な位、緻密に計算された展示内容


イスラエルのストーリーと宗教に俟つわる教会の展示

東ヨーロッパからパリにやって来たユダヤ人の暮らしぶり

そしてこの辺りが、100年前からユダヤ人が住み、作って来た街の様子


白い古い壁には無数の人達の名前が刻まれていました、

間髪入れず、マリーローが、‘戦争中に消えて人達の名前である’事を教えてくれました。。。











今年ベルリンに行った時にも、街の隅々に忘れては成らない戦争の被害者の悲しみが

刻まれていたのを思い出します。絶対に二度と起こして行けない過ちを決して忘れない!

そんな覚悟を感じたものです。



シーンとした緊張感とまるで亡くなった尊い生命が来訪者に語りかけているようです。



華やかな建物のパリとは打って変わった真実の姿


そして幾度となく繰り返されて来た歴史の過ちが


街の中でひっそりと息づいているのが聞こえてきます。









マリーローが連れて来てくれた目的は、この’MARYAN’ という画家の展示会です。




‘Painter of the Dark Side of Human Nature’




勿論写真撮影禁止なので、頂いたパンフレットから取りましたが

目を背けたくなるような悲痛な絵でした。


時々英語で注釈が有りますが、‘綺麗な絵を描く良り、真実に目を背けたく無い!

私の絵には全て物語りが有る’



見ていて之くらい胸が痛むのですから、書いていた画家はどんなに悲痛な思いだったか!



私には計り知れないむなしさと,痛みが有ったのでしょう、、、、、、、、


‘カフカ’の言葉も時々引用されていています。



深く暗い絵ばかりですが、避けては通れない人間のサガのような物を

感じる企画展でした。。。。。。。。









マリーローと巡るギャラリー






イタリア家具加工機工場視察を終え、今度はお客様のアテンドでパリへ


一番大好きなマレー地区に来ました、到着したらいつもすぐに脚が向くエリア


今日はポンピドーセンターの元キュリエイターのマリーロレー ジュゼット女史が


知られざる小さなギャラリーを案内してくれました。



古い館の入り口のコートヤードには ‘李ウーハン‘氏の彫刻が有り、


二人で訪ねた直島の美術館を思い出しました。









マリーローさんとは、エットレ ソットサス氏の80歳の誕生日に


カップアンティーブのソットサスの大パトロンの家で出会ってから


日本やパリ、色々な所でお目に掛かって刺激を受けています。




今年の春もTJMデザインの田島庸助社長ご夫妻が仕事でパリに来られた際、


サンジェルマン大通りのペントハウスの彼女のアパルトマンで日本茶を頂きました。


インテリアの主なショールームが並ぶサンジェルマン大通りの瀟洒な建物の最上階


ソットサスの大きな本棚があり、リビングルームはミッシェル ボイヤー氏の


亡くなる一年前のデザインです。







ポンピドーセンターを訪問する筈でこのエリアに行きましたが、


彼女が30有余年を過ごしたこのエリアには彼女の思い出が一杯


美味しいパンの店、凝り性の人達が集まるコーヒー屋さん、小さい事が誇りの


ビストロ、元気を一杯振るまいてくれる果物やさん等々、、、、、、、、


まずはパリの現代アートでは一番古いギャラリーを案内してくれました。



ベルを鳴らして中に入るとコートヤードが続き、19世紀の労働者の為のアパートの


地上階に’ギャラリー テンプロン’の素晴らしい空間がありました。










‘YU MINJUN’ の個展です、中国からの色々な政策的な縛りを新聞で読んでいる側としては


中国に住む現代画家の悲痛な叫びを感じざる得ません。



パリでは特別に評価されている現代画家のようで、大変な価格だそうです。










いつも刺激的で発見に満ちたパリですが、今日も隠れたパリの魅力に取り憑かれました。



今日はその後,初めて訪れたユダヤ人の美術館でまたもやショックを!


引き続き、深い深淵な画家の企画展をお知らせします。











キッチンのディテール








2012年のミラノサローネで展示されていたキッチン会社を訪問、


2012年の中堅キッチンメーカーのディテールは45度のカットされた


エッジが特徴的でした。1000社以上のキッチン会社が各自色々な提案をするので


どこかに差別化を!之がサローネのユーロクッチーナを見学するポイントです。





キッチンハウスも勿論開発部の人をサローネに送り最新の情報をチャッチするのに


邁進しています、最近は今までの直接輸入していた材料の見直しを積極的に


行っています!









このキッチンメーカーも類に漏れず、色々な工夫がなされています、


このキッチンは良〜く見るとキッチンのクッキングテーブルとガスのごとくが


フラットに収まっています、普通のキッチンだとどうしても火の所が天板より上に来ます。


平に収める為に通常よりもあつい高圧メラミンを使用している様子です。










建築家やデザイナーが好む45度の納め


之を実現するには多大な技術的努力と執念が!


輸出部長は熱く語っています。



私の自宅もエットレソットサスが必ず貫いた45度洗礼が各所に実現されています。


早く亡くなり今も尊敬される倉又史朗氏の家具も全てこの45度




<




吊り扉もこれでもか!と全ての部材が45度


1954年に出来たキッチンメーカーですが常に新しい技術を取り入れている様子です。



イタリアのベネツイアの近くフリウリエリアは建具やキッチン,家具用の扉メーカーが


犇めきます、前回は9月初めにイタリア最大のメラミンメーカーファントーニ社を始め


鏡面塗装扉専門メーカー、クラシックな框扉メーカー、廉価を誇るラミネートメーカー


を廻りましたが生存競争は厳しく各社様々な特徴を競い合っていました。












キッチンハウスもより早くより研究された材料を探してヨーロッパ,アジアに飛び回ります


加工機もより精度の良いより効率的な機械を探しにキッチンハウスの技術者が向います。



大工道具で日本一の性能と技術力、マーケットを誇るTJMデザイン魂でしょう


之からの飛躍的デザインのブラシュアップをお楽しみに!








キッチンハウス商品部材ーヨーロッパ開発





北イタリアのブリアンザ地方はモダン家具、キッチンの製造メーカーのメッカ


大多数の家具がメラミン材を使っていますが、今は触っても全く本物の木と変わらない


材料の開発が進んでいます。




B&B、ポリフォーム、モルテーニ、カッシーナ等の有名なモダン家具会社の


工場が並ぶこのブリアンザにはメラミンを製造している会社、小口に貼る


ABSなどの小口材を専門に作っている会社が有ります、今日は其の小口材のメーカーの


工場見学をしています、実はキッチンハウスが30年来直接輸入して製品にしている


突き板会社のアンドレア社長がキッチンハウスの藤岡工場を訪問した時に、


この小口会社の話しをしてくれて、‘レーザー グルー’という貼り方があり、


メラミンと小口の接着部分の線が見えないそうです。。。。。。








どの会社も生き残りに様々な工夫を凝らして素敵に商品に仕上げる努力を惜しみません。




この小口会社では突き板の小口も作っていますが、この会社に来て初めて


突き板の小口もベースに成る基材を選べる事を知りました。








新しい素材や工夫に夢中になって見学していたら、キッチンハウスの製造の責任者が


嬉しそうな満面の笑顔で差し出してくれたのが、‘タジマ’のカッター


元々ツール部の製造責任者だった能勢は、この瞬間とても光り輝いています!




日本が大切にして来た製造精神をふと垣間見た気がしました。










益々技術が進んでどちらが突き板で,どちらがラミネイトか?分からない


マテリアルが市場に出ています、このように直接各々の工場を視察して行くと


今までの技術に加えてまた新たな魅力的な商品が生まれてくるのが楽しみです。









ドイツの特殊な材料を仕入れてキッチンを作り始めて侑に30年が過ぎようとしています


日進月歩しているヨーロッパの技術を取り入れる事に情熱的なキッチンハウス


お客様の喜ばれる笑顔が何よりの支えだそうです。。。。。。。









活力のある家具会社ーリマデジオ社






ミラノに出来た新しいリマデジオ社のショールーム



キッチンハウスの海外資材を見直す為にキッチンハウスの製造役員能勢と

次の世代を背負う斉藤,開発の野田と現在の材料輸入が集中するドイツを始め

イタリアのキッチン、家具メーカーの視察です。



最近北イタリアのモダン家具業界では不況のニュースを良く耳にしますが

リマデジオ社だけはダントツに売り上げを伸ばしている様子です、以前輸入家具を

取り扱っていた時からの友人、パトリシア女史のご主人がリマデジオ社の東欧エージェントで

ボッフィー等のキッチンも取り扱っているそうですが、家具ではリマデジオの伸びが

急勾配の様子です。










ブリアンザの工場内ショールームのインテリアもアントニオ チッテリオのオリジナル


デザインに加えて,ミニマルな仕上げで素晴らしく息を吹き返しました。


以前活気があった頃のT-70のショールームでしたが、リマデジオ社の勢いは


T-70のあらゆるショールームをテイク オーバーし始めています。




1954年に誕生した扉専門の工場でしたが、イタリアの一人の建築家と付き合って


ロゴ、商品デザイン、ショールームのインテリアを全てブランディングブックに収めて


リマデジオ社の基幹店(世界に25社)全てデザインが統一されています。












先程ご紹介したキッチンハウスの製造の若き担い手二人です。




デザインの畑で育った人達ではないのですが、製造ー良い美しい商品を作る事に


専念しているため、見る視線がとても鋭く、指摘される点が今後のデザインの方向に


向っていたりして、之からのキッチンハウスーTJMデザインの目指すインテリアアイテムが


楽しくなります!




精度の高いリマデジオ社の家具の収まりに皆でため息をつきながら見学しています。









レス イズ モアがぴったり当てはまる商品群とショールームの作り込み


スムーズなコンクリートに限りなく近い塗装の壁を背景に、微妙なパステルカラー


限りなく淡い色のマット硝子が表面材に使われています。




ディテールを覗けば覗く程、精度の良さとデザインの大切さを痛感する家具です。









リマデジオ社の母体の扉部門ー限りなく細いドア枠

どちらにも引いたり,押したり出来るドアの構造


面に成らないのですが、わくが細いので全く自然に溶け込むスライド扉


見ているだけでこの扉を入れた住宅に是非住んでみたい衝動に駆られます。




現在、キッチンハウスのショールームで、採用を検討中です。



正式に取り扱える事に成ったら改めてご紹介させて頂きます。


ヨーロッパのインテリア業界の最新情報を専属デザイナーも、

製造側も一生懸命勉強しています、是非近くにキッチンハウスショールームに

脚を運んで下さいませ!


新たな出会いがお待ちしております。。。。。。。