エットレソットサス、倉又史朗氏、そして。。。。。

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少しブログに時間が開いてしまったのは、ソットサス事務所に若い頃修行をしていた

 

 

久田修司さんが突然亡くなってしまいました、ソットサス事務所にいた1980年代から

 

 

ミラノへ行ったら訪ねていたし、東京に戻った頃もイタリアの延長で良く遊んでいました。

 

 

 

 

 

几帳面で少しでも曲がった事が嫌いな性格だったので、真っ正面から良くぶつかりました、

 

 

でも、正直に自分の気持ちを話せる友人でした、倉又史朗さんの突然の死の時と同じような

 

 

焦燥感が体中に広がり、とても寂しい,取り消しの着かない寂しさに襲われました。

 

 

 

 

 

 

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日本の文化がとても深く残る近江の城下町でお母様の為に設計された

 

 

’ひなどり’という割烹、勿論オープン当時はインテル二誌に掲載されて

 

 

今も其のはかない美しさは保たれているようです。

 

 

 

 

最近は友人達との直接の接触は断ち、フェイスブックでのエットレソットサス

 

 

倉又史朗氏の作品を沢山紹介していました。。。。。。。イタリアのデザイン史のような

 

 

文章が印象的です。

 

 

 

 

 

 

 

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久田修司さんの突然の死で親しかった友人が六本木のアクシスビルで

 

 

追悼会を企画、メンフィスがスタートした1980年代の倉又史朗氏の

 

 

写真,作品がスライドで映写されました。勿論倉又美恵子夫人も駆けつけていらして

 

 

倉又史朗氏の作品を作り続けた、石丸社長、三保谷硝子の三保谷社長は薄いグレーの

 

 

絽の着物で出席されていました。

 

 

 

 

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1982年、イタリアミラノからエットレソットサスが、倉又史朗氏に当てた

 

 

ラブレター:’メンフィスの活動に参加して下さい!’

 

 

そのころのエットレソットサスと倉又史朗さんの白黒写真。。。。。。。。

 

 

 

 

90歳と長生きしたエットレがいつも日本に来る度に‘偉大な倉又史朗氏の

 

 

作品を忘れては行けない!人は直ぐ大切な事を忘却してしまうから、、、、、、’

 

 

倉又史朗氏が突然亡くなった前の週はエットレも日本にいて,三日三晩、

 

 

お酒を浴びる程呑んで、日本食を一緒にしました、そして少し具合が悪いと

 

 

病院に一晩検査入院したら亡くなってしまいました。。。。。炎が消えるように。

 

 

 

 

 

 

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写真家の中道さんが久田修司さんが好んでいたお寿司屋さんの出で立ちで現れて

 

 

 

久田修司さんの椅子のを皆に見せて、川上元美さんに出来を評価してもらっていました。

 

 

 

線香花火が消えるように姿を消した友人、もしかしたらとても繊細で華奢で

 

 

恥ずかしがり屋の久田修司さんには似つかわしい去り方だったのかな?

 

 

 

寂しさを紛らわしています,,,,,,,

 

 

 

 

 

 

エコビレッジ小浜プロジェクト

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明日は東京に戻る日、ちょっと後ろ髪を引かれながら,小浜の過疎住宅を再訪問

 

 

 

閉じられて何年経つのか?木の雨戸は無言で閉鎖されていました。

 

 

 

新聞にも日本には全国沢山の過疎ビレッジがそのまま放置されている記事が目に付きます、

 

 

高齢化が進んだ小浜も同じ、足腰に自信が無くなった高齢者は,街中のマンションに引っ越し

 

 

温泉完備の近代建築に満足、それでも先祖代々の土地を捨てきれない人達は

 

 

其の維持費―固定資産税-2万円/一年で喜んで貸してくれるそうです。

 

 

 

 

 

 

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前回訪問した時、準備中だった草木染めのお店がオープン

 

 

 

長崎で草木染めをしていたご夫妻が、庭が広く海が見える小浜に引っ越し

 

 

作業をしながら実際ショップで販売されています。

 

 

 

 

 

 

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何となくのんびりして、この部落に脚を踏み入れた途端、肩から全ての力が抜けるようです。

 

 

 

映像作家の方が朽ち果てた民家を改造して移住計画、

 

 

 

マクロビ料理のカリスマ料理人はお料理教室と小さなレストランを計画中

 

 

 

やはりヨーロッパと日本と行き来する女性はギャラリーを企画中

 

 

 

庭の広さを利用してハーブ園を作ってハーブを売ろうとしている若い女性。

 

 

 

 

 

 

 

 

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涙が出そうな位ノスタルジックな民家

 

 

 

細い路で出会った方々は皆笑顔で挨拶して下さいます、、、、、、

 

 

若しかして故郷だったのかしら?と錯覚する位に優しく包み込んでくれる小浜

 

 

 

 

 

 

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都会では中々見られない永井敬二さんのこの笑顔

 

 

 

城谷耕生さんのお父さんが埋め立てて、村役場が其の努力に免じて登記した土地

 

 

ローコストで城谷さんの奥様ーうにさんのスタジオが建っています。

 

 

韓国の伝来の陶器を焼いておられます。

 

 

 

こよなく美しく果敢なく透明な小浜、、、、、、

 

 

 

 

 

 

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のんびり気持ち良いお盆休み

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生まれて初めて訪問したブラバー邸の佇まいと高台の庭園が印象的だったので

 

 

長崎のクリストフの訪問先は小高い山の上のブラバー邸、

 

 

過ごし易そうなベランダからの眺めに、‘ジェノバのような街’

 

 

確かに平野が少なく、山間に家々が並び、リビエラ海岸の街に似ているかも?

 

 

 

 

 

 

 

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精霊流しや花火がお盆に帰省した長崎出身者には沢山の催し物

 

 

 

白い砂,青い海、水平線に上げられる花火

 

 

 

暑さも忘れて、皆海岸に座り込んで見ています。

 

 

何と言っても素晴らしい花火の音!

 

 

どーんという音が響き渡り、静まり返って空を見上げています。

 

 

 

 

 

 

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ブラバー氏は江戸末期、明治維新を経て近代化へ邁進する日本を支えたスコットランド人

 

 

 

NHK大河ドラマにも紹介された、維新の勇士坂本龍馬、三菱の創設者岩崎弥太郎

 

 

 

ブラバー邸に関する資料を訳していると、奥さんのテオドラさんが熱心に聴いてくれます。

 

 

 

坂本龍馬の肖像画の前で10代後半の日本の若者が一緒に写真を撮っていて、

 

 

テオドラさンは英語で ‘あなたもこの坂本龍馬のようになる?’

 

 

’ イエス マーム!’と元気な声が帰って来ました。

 

 

 

 

 

 

 

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小浜から30分くらいの白浜には近くに住む友人達が作ったテントがあり、

 

 

中には、この地で英語教師をして、5歳と3歳のお父さんであるオーストラリアからの

 

 

 

ジョージさんが十八番のバーベキューを焼いています、マッチョなヘアドレッサー

 

 

鯔背な魚屋さん―田中一雄さん、ケータリングを手がける山下夫妻、色々な地元の

 

 

人達が賑やかに夜が更けるのを忘れます。。。。。

 

 

 

 

テントの中には沢山のドリンクが有りますがそのまま1ヶ月くらいテントは放置され

 

 

来られる人が勝手にアイスクーラーから飲み物を呑んで、午後でも眠くなれば

 

 

眠って行くそうです、まるで天国のようなところ。

 

 

 

 

星が沢山出て来た頃、東京から3日掛かって鈍行で長崎に辿り着いたカメラマン

 

 

残ったバーベキューを美味しそうに平らげていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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時間がゆったり流れる故郷、それは何よりも大切な心の支えなのでしょう、、、、、、

 

 

 

 

久しぶりに日本の美しいお盆を堪能させて頂きました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍艦島上陸

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今年のお盆休みはクリストフご夫妻と長崎県に参りました、

 

 

小浜計画を遂行されている城谷耕生さんの勧めで、小浜の小さな宿に宿泊

 

 

連日あいにくのお天気でしたが、今日だけ晴れたので長崎市の見学と

 

 

軍艦島へのツアーに参加しました。当初長崎県と言い出した時に、クリストフからも

 

 

端島に行ければとの要望が有り実現しました。

 

 

 

 

 

 

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軍艦島が近づくにつれ、頭を過ったのがイタリアの踵のプリーア近辺の’マッテッラ’

 

 

 

理由は全く違いますが廃墟という点で共通していて、そして今は観光にフィーバーしている点。

 

 

 

産業革命、エネルギー革命の国策に翻弄された軍艦島、漂う哀愁はとても同じ感じがします。

 

 

 

40年前に最後の住人が船で長崎に戻ってから全く振り向かれなかった島

 

 

先日伺った犬島もやはりベネッセのお陰で現代美術での再生で、観光に蘇った銅山

 

 

今や年間、軍艦島に17万人の人が訪れるという。

 

 

 

 

 

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解説する人の話は、人口密度が東京の7倍に及ぶ高さで、炭坑で働く人達の生活レベルが

 

 

当時の日本人の平均よりも遥かに高かった事が強調されていました、例えば

 

 

 

50年前の日本に於いてテレビは各家庭に100%置かれていた、冷房、冷蔵庫等の

 

 

電気製品の普及率も大変高かった!

 

 

 

解説者の説明はどこかで政府が介入して歪められていなかったら、

 

 

それは第2次大戦後、日本人が大きな間違いを犯したー’物質的に人を幸せにする’

 

 

 

 

 

 

 

 

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亡くなって20年を迎える姉との会話を思い出します、上から二番目の姉は

 

 

教育者で、突然癌が発覚して7年闘病生活を続けました、その間病院で色々な話をしましたが

 

 

物質的な幸せと、精神的な幸せの話も幾度もしましたが、姉は私が戦後戦災で、

 

 

何も無くなり、食べ物すら無くなった事を知らない世代には、わからないが

 

 

姉達、父母達の世代のがんばりが今の日本を作ったので,それを批判するのは簡単だけど

 

 

何もなくなった経験が無ければ、わからない!と頑固に話していました。

 

 

 

 

 

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いずれにしても、軍艦島を去る時には、この地で起こった色々な事件、

 

 

大海の小さな島で、台風やシケのおり、どんなに不安だったか?

 

 

石炭を掘るのに、最高1200メートルは地下に潜る訳なので、’安全’

 

 

に対する意識は特別な物だったと想像がつきます。。。。。。。

 

 

 

 

色々な感情が浮かんで涙が出てしまいました。。。。。。。。

 

 

 

色々な方々の努力や励みにより,今の日本がある事に感謝します!

 

 

 

 

 

 

 

小浜―エコプロジェクト

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しとしとと梅雨のように降りしきる雨、日本家屋には不思議と雨が似合います。

 

 

長崎県雲仙市小浜ー工業デザイナーの城谷耕生さんのギャラリー

 

 

刈水庵での静かな時間。

 

 

 

イタリアの親友、クリストフ ラドルご夫妻が,夏休みにやって来ました、

 

 

1ヶ月夏休みを取るイタリアの社会では、毎年どこにバカンス?というのは決まり文句

 

 

でも現実的には経済的にも1ヶ月のバケーションは厳しいようです。。。。。

 

 

 

 

 

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城谷さんが生まれ育った故郷―小浜温泉、100度を超える源泉が湧き出る温泉

 

 

 

雲仙温泉を顧客に大変盛んな漁業で、美味しい魚の宝庫!

 

 

値段の安さも魅力です。ところが高齢化の進む日本では、小浜温泉も例外ではなく

 

 

美しい大正時代の日本家屋が過疎に瀕しています。

 

 

 

イタリアに留学して10年ミラノで工業デザイナーとして働き故郷に戻った城谷さん

 

 

この現状を見つめて静かにでも情熱を持って再開発に挑んでいます。

 

 

 

 

 

 

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昔からの友人―アルド チビッチ氏―ソットサス事務所の片腕で、

 

 

ミラノとビツエンツアで建築家として活躍しています、アルドも同じ理想を持って

 

 

本を出し、奔走しています。偶然7月に城谷さんがベニスを中心に家族旅行されたので

 

 

紹介したら、意気投合された様子です。偶然紹介しましたが、縁は不思議な物です。

 

 

 

 

 

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椅子のコレクターの永井敬二さんーデザイン史の生き字引のような方で

 

 

お目に掛かってもう彼此40年の長いお付き合いーいつも永井さんの衰えぬ

 

 

好奇心とコレクターとして興味に話が尽きません。。。。。長崎県立美術館で

 

 

永井さんの‘エンゾー マリ’の作品展を永井さんのコレクションで開催され、

 

 

来日したエンゾー マリ氏がこんな沢山デザインした?之は覚えが無いね~

 

 

と感心されたようです、製造中止に成っているアイテム等々、骨董市を始め

 

 

いろいろな手段で探し尽くされます。。。。。。

 

 

 

城谷さんとクリストフと永井さんー古いイタリアのデザイン誌を見ながら

 

 

話題が着きません。

 

 

 

 

 

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城谷さんの小浜エコプロジェクトのカタログ

 

 

 

是非美しい日本の再発展の夢,大きく広がりますように!

 

 

 

 

 

ミラノの新しいショップ






ミラノサローネも中心部だけでは、手狭になりトルトーナ地区を始め


最近ではランブラートというかなり郊外の工場地帯にデザインの展示場になっています


工場地帯は倉庫が沢山あり、コンクリートの打ちっぱなしのままで、スペースは広大


天井は高く、デザインの展示にはぴったりですが、レストランも最近このような


空間が好まれるようです。











長い長いテーブルが続き、お客さんはグループ毎に隣どおしで座りますが、


狭いミラノ社会なので、皆知り合いの事が多く約束していなかったのに


久しぶりに逢ったり、共通の友人が新しい友達を紹介したり、繋がりが出来ています。



フェイスブックの盛んな事を見ても人との繋がりがとても大切な時期に来ているのかも


知れません。。。。。。。









インテリアデザインを手がけるクラウディオ ラビオラ氏と


親友のグランドホテルのダニエラ ベルタゾー二女史、今日は二人が


新しいミラノの顔を紹介してくれました。日本でもよくある話しですが、


クラウディオとダニエラは彼女の家のインテリアの事で一時通信不通でしたが、


時間と共にまた色々なプロジェクトのクライアントとデザイナーの関係に戻っています。



イタリアの人間関係はいつも微妙に変化していて、ちょっと神経を使います、


例えば大昔、ロミオ ジリーと言うファッションデザイナーがいて、ロメオの


プロモーション会社の社長―ソッツアー二女史! 一緒に旅をしたり日本にも


来日されたりしていたのですが、ブランドの所有権の問題で係争中になりました、


友人クリストフからそのことを聴いて、もう一緒には逢えないのか?


でも半年くらいしたら同じパーティに一緒に同席していました。。。。。。。


ま〜ラテン系で血が濃いので色々な事があるようですが、時が浄化してくれる様子













このレストランには個室もたくさんあり、小さなパーティにはもってこいです、


パーティや人が集う事が大好きなイタリア人にはぴったりです。


私の友人達もよく自宅に集います、日本だと誰かを呼ぶととても大袈裟ですが


彼らはパスタとサラダだけで十分! 何よりゆっくり家でワインでも呑みながら


話したいのですから,御馳走はいらないのですね。











新しい所がいつも増えているミラノ!


いつもすぐにニコニコに成ってしまう不思議な街―ミラノ。。。。。


















キッチンハウスグランドデザイナーのオリジナルソファ






以前よりご紹介していますキッチンハウス福岡新ショールームのオープン


期待されるキッチンハウスのグランドデザイーナー 寺田修氏


キッチンをデザインする為に生まれて来たような天性を持つデザイナーの


キッチンに合わせたソファーーイタリアを代表するブリアンザ地方で製作中


デザイナー、建築家のデザインするソファーを的確に具現化する会社が見つかりました。












フィリッポ ベルト氏は、昨年創業者のお父様を癌で亡くされて,75歳を過ぎる


叔父さまと不況をパッションとエネルギーで戦い抜いています。


お父様の残された技術を,之からの世代に繋ぐソファー作りの教室を計画中。


簡単なソファーのスケッチを元にデザイナーの意図を組み正しく再現する。この技術を


次世代に繋ぐ教育を考えているそうです、62歳だった最高の指導者を失った悲しさを


次世代への教室を通して、克服しようとしている姿に感激しました。












ちょっと,口を滑らせた国際間の緊張、フィリッポ氏は敏感に反応して、


‘戦争’の話はしないで欲しい! ロシア、ウクライナ、東欧で多くのソファーを販売している


フィリッポ氏には大変身近な問題のようです。やっと出来たエイジェント達、


ショールームに並ぶソファーを出荷した瞬間、其の家具屋の親父に召集令状が!


期間の読めないショールーム閉鎖、、、、、、それより身の危険を脅かされるオーナへは


それ以上、ソファーの請求の話は出来なかった。。。。。と肩を落としているフィリッポ氏




戦争を新聞記事で捉える私としては身近な情況に緊張しました。












右側が伯父さんのマウロ氏ー家具職人として55年働いているそうです。


年齢を感じさせない若々しい足取りは,仕事への自信と情熱でしょう、、、、



良く働かないイタリア人という話を耳にしますが、北イタリアには日曜日も


夏休みも返上して働く姿を見かけます、マウロ氏もその一人でしょう。


夏は1週間,家族が待つリグーリアに行って小さなフィッシングボートに乗るそうです。


でもそれよりもこの工場に居るのが最高の時の様子です。












こうして出来上がったキッチンハウスオリジナルソファーをご期待下さいませ。



キッチンハウスのグランドデザイナーの目が行き届いたソファーを試してみて下さいませ。