エットレ ソットサスの精神を継ぐクリエイター達

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アルド チビッチ氏ーソットサス アソシエイツの初期のメンバーです。

 


オリベッティーのアートディレクターをするなど、デザイン界では

 

 

名前が知られていたエットレ ソットサス氏ですが、やはりソットサスアソシエイツ

 

 

若い(ほとんどが20代半ばの建築家の卵たちーミケーレ デ ルッキ氏、

 

 

マルコ ザニーニ氏、この写真のアルド チビッチ氏)と一緒に立ち上げ

 

 

1980年代にフィーバーした’メンフィス’の活動!

 

 

20代だった私も、倉俣史郎氏と美しい美江子奥様とオープニングに参加したのを

 

 

昨日のように思い出します。ミラノのデザイン界のパーティがディスコのような

 

 

熱気と人だかり! メンフィスの活動はエットレが停止するまで10近く続きます。

 

 

 

 

アルド チビッチ氏はビツエンツア生まれなので、カルロ スカルパの子息

 

 

トビオ スカルパ氏とベネツイア大学で建築を教えながら、ミラノで設計事務所を

 

 

営み、今年のビエンナーレでは事務局より一つのパビリオンの設計を依頼されていて

 

 

いつも大きすぎるスケールの夢と、大きな人に対する愛情に溢れた建築家です。

 

 

 

 

 

 

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ジョアンナ グラウンダー女史、丁度私の小さな家の設計をした頃、エットレの

 

 

パートナーでした。。。。。。。今は独立してカリフォルニアに在住、色々な会社の

 

 

プロダクト デザイナーとして活躍しています。毎年サローネでは刺激的な作品を発表

 

 

ミラノのアパートを残しているのでジョアンナがミラノに戻るといつも彼女の手料理

 

 

 

エットレはアメリカに対して、何かとても複雑な感情を持っていたので、お酒が入ると

 

 

アメリカ攻撃が始まります、、、、、、ジョアンナはいつも槍玉に挙げられて、

 

 

デザインのエッセンスもわからないアメリカ人!と罵られていました、、、、、、

 

 

でも集まった皆はジョアンナに対する深い愛情をエットレの暴言に感じていたので

 

 

とても静かにまるでお坊さんのお経を聴いているかのように無表情でした。

 

 

 

 

 

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30年以上前、ソットサスの事務所があったボルゴヌーボ通りのメインの事務所の

 

 

 

向かえに別室があり、ベッペとジョバンネーラサンが働いていました、それから

 

 

 

何年かして彼らが結婚したことを伺いました、いつも食事に招待してくれる

 

 

 

グラフィックデザイナーのアンナ ワーグナーさんの自宅-ソルフェリーノ通り

 

 

 

(以前は住宅街だったのですが、今はキッチンのボッフィーが大きなショールーム

 

 

ダダ、モルティーニが出来て、大理石、インテリア小物のショールーム街になっています)

 

 

 

ベッペ、ジョバンネーラも近くに住んでいるので良く夕食でお目にかかります、

 

 

べっぺはトスカーナに大きな邸宅を持っていていつも週末自然と過ごしています、

 

 

二人の作品にもゆったりと自然を愛して、無理の無い暮らし方が忍ばれる作品が多いです、

 

 

一度、彼らの設計したクリニックに伺いましたが、出来る限り白に近いピンクと

 

 

視力テストのような薄い緑と黄色をインテリアの軸にしていて、取り立ててデザインした

 

 

ようには感じないのですが、静かな暖かさに包まれる不思議な空間でした。。。。。

 

 

 

 

 

 

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このブログには再度出場するクリストフ ラドル氏ーソットサス事務所のグラフィック

 

 

 

デザイナーでした、アレッシー社のコーポレイト アイデンティティーを担当して

 

 

ソットサス事務所を辞めたら、アレッシー氏が直接、クリストフに仕事の継続を

 

 

依頼に来たそうです、、、、、その後、、、、、、いろいろな事がありました。。。。

 

 

 

20年くらい継続したインテルニ誌のアートディレクターの席を60歳を迎えた年に

 

 

アーキテクチュラル ダイジェストのクリエイティブ ディレクターへと転向!

 

 

皆の微かな心配を他所に大変活躍しています、’ちょっと忙しすぎるけどね’

 

 

愚痴にもならない口癖をいいながら、黙々と仕事を続けています。

 

 

 

いつもどこにいてもクリストフがどんな事に美しいかと感じているのを知りたくて

 

 

時には、蜘蛛の巣に残った雨露に感動していたり、路傍の露草をじーっと見つめていたり

 

 

やっと辿り着いた京都の八重桜を見て、’これは桜ではない!’と言って走り去ったり、、、、、

 

 

これからもいろんな発見をして驚かせてくれると思います。

 

 

 

 

 

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去年静かに去っていった久田修二さんの追悼式

 

 

 

六本木のアクシスビルの地下で有志が集まって開きました、

 

 

エットレの晩年の後ろ姿、エットレは若い久田修二さんにいつも

 

 

’物事の裏に隠れたもっと深い意味を感じて欲しい!

 

 

人は複雑なんだよ、表面の綺麗さに捕われないで!

 

 

醜い事も目を背ける事実も人にはあるんだよ。。。。。

 

 

でもそれ以上に人害きる事は美しいんだよ’

 

 

 

同じく若かった私にはその頃エットレの熱弁が全く理解出来ませんでした、、、、、

 

 

今もわかっている訳ではないのですが、何故かふとした折に思い出す言葉です。

 

 

 

偉大な建築家やクリエイターは世界に沢山おられますが、エットレのように

 

 

世界中の国から集まったデザイナー達を次世紀にまで続けて生んでいるいる天才は

 

 

少ないかもしれません。。。。。

 

 

 

80歳のソットサスのプライベイトな誕生日にご招待頂いた時、

 

 

一人のインテリジェンスに溢れた初老の方が’僕の仕事はわかりますか?’

 

 

と聴かれて、’僕はエットレの生肉屋です!’ と応えられたフィレンツエのペテナ教授

 

 

まさかここに本当のお肉屋さんがいる訳は無いし、、、、、?

 

 

’エットレの事務所の若い建築家達は僕の大学の学生で生きの良いミートを

 

 

エットレに送り込んでいるんですよ!忘れないでね!’

 

 

は~は~は~~~~~失礼致しました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠のエットレ ソットサス!

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今年はニューイヤーグリーティングから、バルバラ ラディーチェ女史がしきりと

 

 

連絡して来て、ミラノでは是非逢いたい!と、、、、、、料理上手なバルバラ女史は

 

 

夕食を一緒にしたいと、、、、、、有り難いのですが、こういう時のバルバラさんは

 

 

何か頼み事が或る時です、30年くらい前、雑誌 ’TERAZZO’ を出版した折も

 

 

優しい声の電話が掛かり、飛びついてみると、雑誌の広告を取ってくるように!!

 

 

その頃、親しくしていた竹中工務店の設計部長が見開きで広告を出してくれたので

 

 

何とか成りました、、、、、、(その後竹中工務店はソットサスに福岡ドームの設計

 

 

を依頼して今も残るシーフォークの福岡ドームはソットサスのデザインが残っています)

 

 

 

 

 

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必ず逢えるまで電話を掛けるバルバラ女史の癖を知っているので、ドリンクに伺います!

 

 

 

 

晩年ソットサスが時間を過ごしたバルバラ邸、ダイニングルームはそのままです。

 

 

 

 

 

今回の依頼は、バルバラ女史の友人が日本に遊びにくるので’フルアテンド’して欲しい!

 

 

 

かなり難易度の低いご依頼だったので喜んで引き受けました。只サローネの開催時期

 

 

 

今年は特に、キッチンハウスが隈研吾氏にデザインを依頼して出品する年なので、

 

 

 

私はアテンド出来ない、兎に角いつもこんな時にお願いする有り難い姪達に連絡。

 

 

 

何とか一人が準備してくれる事に成り、一件落着。

 

 

 

 

 

 

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2007年の’TJM デザイン’ークオータリーでソットサスのインタビューをする事が出来、

 

 

 

このダイニングルームで貴重なインタビューが出来たのを思い出します。。。。。。

 

 

 

 

 

写真家の村角 創一さんもミラノにいらして下さり、写真撮影出来ました、

 

 

 

村角さんも緊張されていたのか、3時間くらいの撮影の後、ホテルに戻られて

 

 

 

夕食の約束に現れなかったのを思い出します、、、、、、濃密な会話内容で、

 

 

 

今も鮮明に内容を覚えています。2008年1月1日、90歳になった年に

 

 

 

仕事を終えて夕食の前にちょっと休むよ!と言ったまま、本人も知らず息をされなくなった

 

 

 

エットレ ソットサス!

 

 

 

 

 

 

 

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日本についての想いを伺ったとき、枕の草子の’白’の美しさを書いた一節

 

 

 

恋いこがれた女性との逢瀬の折に、恋文で使った紙の白と同じ白を身につけて、、、、、

 

 

 

その時、エットレは涙にむせていた事。他の建築家の事は決して認めなかったエットレ、

 

 

 

東京の小さな家の設計で来日した時、お茶を飲んで話をする為に、槙文彦氏の設計された

 

 

 

ヒルサイドテラスに車を止めようとした時、’血管に赤い血が通っていない人の建物で

 

 

 

私を絞め殺そうと言うのか?’と、車のハンドルを握ってその建物の近くに駐車する事を

 

 

 

拒んだエットレ、、、、、、、、建物が出来、お目に掛かる度に’家にいて幸せ?’

 

 

 

と聴いて下さるエットレ師、’ちょっと雨漏りが。。。。。。。’、’僕は良い物をプレゼント

 

 

 

するよ__!’ ’日本語でなんて言うのか知らないけれど、雨音を聴く為の陶器’

 

 

 

水琴屈ですね! 問題の或る子供は特に可愛いと聴きますが、建物も同じかも知れません、

 

 

 

 

 

 

 

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’自然について’という質問をした時も同じ絵が飾ってありました、

 

 

 

 

’僕は自然は大嫌い!そう言い切れるよ、だって癌も自然なんだよ、古代から自然は

 

 

人々は自然との戦いの中に生きて来た、自然はとても冷たく、湿気があって、とても暑い

 

 

人間というのはとても壊れ易く繊細なんだ。強い時もあり、頼もしくもあり、だけど

 

 

壊れる。自然は我々の敵なんだよ。富裕層の人たちは自然を檻の中に入れようとして

 

 

その法則とスタイルに浮かれている。だから庭って言うのは閉じ込められた自然なんだよ、

 

 

人々は花を生ける、それてその花が枯れるのを見届けて安心する。そうすれば花が人に

 

 

飛びかかってくる事はないから。美しい花には毒がある。毒は人間を害する。

 

 

この話を続けるには、自然の定義から始めなきゃ。。。。。。。

 

 

 

 

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‘全ての物事の存在の裏には、存在する事の意味が、理由が込められているんだよ’

 

 

 

 

 

もし、1970年代後半にミラノに始めて行った時、エットレ ソットサス氏に

 

 

お目にかかっていなければ、私とミラノの付き合いもずいぶん変わった物になっていた?

 

 

もしかしたら、こんなに付き合うことが無かった町だったかもしれません。。。。。。。

 

 

 

 

 

倉俣史郎さんー日本に行った時、僕が黒のインクが欲しいと言ったら、とても小さな

 

 

店に連れて行ってくれた、引き出しが沢山あって、優しい笑顔の老紳士が、

 

 

’何かお探しですか?’ と尋ねたので、’黒のインクが欲しい’ と言った

 

 

そしたら、彼は僕の顔をまじまじと見て、ひと呼吸を置いてから、’どの黒にいたしましょう?’

 

 

ーTJM DESIGN Vol.02 2007  より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミラノの楽園

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雪こそ降りませんでしたが、零下が続いたパリを後にしてミラノへ!

 

 

 

いつも前もっての連絡をせず、ミラノのマルペンサ空港に到着したら一番に電話をする

 

 

クリストフ ラドル氏ーこのブログに何度も登場する親友ですが、今日も

 

 

テロの警備や、間違ったアナウンスで翻弄されたパリを後にして、到着早々

 

 

 

ミラノの楽園に! クリストフ邸です。

 

 

 

 

 

 

 

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インテルニ誌のアートディレクターを蹴って、今年からアーキテルチュラル ダイジェスト

 

 

のアートディレクターに移動したクリストフ ラドル氏

 

 

 

 

 

忙しい毎日の仕事が終わり、気分転換に成るのでしょう、、、、、

 

 

 

ポンタッチョ通り(御存命中エットレ ソットサスが棲んでい通り)の高級魚屋さんで

 

 

その日入ったとっておきの魚や貝類、蛸、烏賊を購入して今夜のメニューが決まります。

 

 

 

 

 

 

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いつもシンプルなテイストのお料理には隠し味が沢山!!

 

 

 

日本料理と同じですがまずは新鮮な良い材料を入手、

 

 

浸しておいた方が良いハーブや香辛料は前日から用意

 

 

ハーブや調味料もいつも新鮮な物を用意しておき、

 

 

料理を始めたら会話もせずに集中する!

 

 

 

 

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真剣な戦いに挑む戦士のような表情を何度か見た事があります。

 

 

特に奥さんのテオドラさんが、下の階から現れてクリストフを呼ぶと

 

 

誰か知らない人のように無視状態が続きます、、、、、、

 

 

 

今日は新鮮なガンベリが入ったので、2、3時間ハーブとオリーブオイルに浸けて

 

 

庭で栽培している、セージとプーリア地方から入手したアーリオ、テオドラサンの

 

 

お母さんから送られてきたピカンテが低温で音がするくらいゆっくりと炒められて

 

 

柑橘類のジュースと少し甘めのデザートワインが最後に足されます。。。。。。。

 

 

 

 

 

 

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ドレッシングを作っていますが、その後ろに控えているソフトドリンク?

 

 

 

クリストフは毎年夏休みにラマダンのようにお酒を1ヶ月絶ちますが

 

 

去年は日本の夏を九州でエンジョイしたので美味しい大好物の和食にはやはり日本酒

 

 

それで、ラマダンがお正月開けの1月にずれ込みました。その間のクリストフの

 

 

ドリンクでした。

 

 

 

 

 

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クリストフが初めて日本に旅行で来日したのが1981年、アントニオ チッテリオ氏と

 

 

マルコ ザニーニ氏、ミケーレ バーロ氏が東京に到着、夜は未だ健在だった’ミカド’

 

 

ナイトクラブを経験して、その当時流行っていたディスコ、その後築地の朝市に行ったのが

 

 

鮮明に印象に残っています。。。。。。。

 

 

 

 

それ以来、イタリアミラノでは、訪問する度にエットレ ソットサス達と朝まで

 

 

呑んでいたのが昨日のようです。あまり想いで話は老けた証拠になるのでここで止めます。

 

 

 

 

エットレのメンフィス時代のランプの前にはテオドラさんが丹精に心混めて

 

 

育てられている多肉植物達! 大きな窓からの太陽の光に従順に従って伸びています。

 

 

 

 

いつ来ても、心からホットする私の楽園です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランク ゲイリー展覧会II

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ポンピドーセンターの建築家フランク ゲイリー氏の展覧会で一番印象に

 

 

残ったのは、1978年に、建築された彼の自邸です。

 

 

ここ2、3年のパリメゾンドオブジェの新題材にも成っている’シャビーな素材’

 

 

 

 

1960年にカリフォルニアからパリに移り住み、建築家アンドレ ルモンドの元で

 

 

 

建築を学びながら、コルビジェのロンシャン礼拝堂や、彼の建築を見て回ります、

 

 

 

その後、アメリカに戻り家具製作などを始めますが価格で投資家との折り合いがつかず

 

 

 

あまり成功とはいえない日々を、このゲイリーレジデンスがすっかり変えてしまいます。

 

 

 

 

 

 

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四季折々の写真がスライドで見る事が出来て、

 

 

 

立体的の裏からも横からも眺められます、まるでその土地を訪問したように、、、、、

 

 

 

 

見れば見るほど、愛着を感じる住宅! ‘Gehry Residence’ はその後のフランクゲイリーの

 

 

建築家のノーベル賞とも言われる’プリツカー賞’の受賞へと繋がって行きます。

 

 

 

 

 

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1929年にカナダトロントで生まれ、ユダヤ人家庭に育ち、フランク オーウェン

 

 

ゴールドバークという本名を持ち、イーフレイムというヘブライ名も持っていたそうですが

 

 

1954年 カリフォルニアの大学で建築学士号を取得したときに、ユダヤ名を改名

 

 

フランク ゲイリーと成ったそうです。その後陸軍に従軍して、ハーバード大学で

 

 

都市計画を一年間学んだそうです。(ウィッキーペディアより引用)

 

 

 

 

 

 

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他にもフランクゲイリーが設計した住宅のプランやモデル、実物の写真が展示

 

 

されていますが、住宅には特に窓の開け方の斬新さを感じます。

 

 

 

空に向けて大きく斜めに開けられた窓は、カリフォルニアの青い空を

 

 

そして気象の変化を、太陽の動きを自宅にいて感じるのではないでしょうか?

 

 

私のいつもの悪い癖で、素晴しい建築家や建築物に出会うとすぐ家を建てたくなる!

 

 

そんなにたくさんの住宅を建てる事が出来ないので、展示会でふらふらになるまで

 

 

作品達を見せて頂きました!

 

 

 

 

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キュリエイターのマリーローが一番大きな、一番素晴しいフランクゲイリーの展覧会

 

 

すぐに行かなきゃ!と言って下さったアドバイスにうなずけます。

 

 

 

大昔、金重業さんという韓国の建築家ー若い頃にコルビジェの事務所で修行、

 

 

話しているうちに、いつもの口癖が ’コルさんがね、、、、、、、’

 

 

スリの恋人がいて、彼女の盗んだ財布をセーヌ川の脇で拾ってそのまま

 

 

一目散に10キロは離れた二人のバーに走って行って、スリの彼女がたどり着くと

 

 

お金がなくなるまで、バーの人たちとお酒を飲み掏ったお金を飲み尽くした話。

 

 

金重業さんの自邸も、その頃では珍しいシャビーなマテリアルだったのを思い出します。

 

 

 

いろいろな事を懐かしがりながら展覧会の素晴しいさを十分にエンジョイさせて

 

 

頂きました。有り難うございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポンポドーセンター=フランク ゲイリーの展示会

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パリを訪問したら、必ず訪れるのがポンピドーセンターですが、

 

 

今回も退職したデザインのチーフキュリエイター マリーロー女史に電話したら、

 

まずポンピードーに行きましょう!明日で、フランク ゲイリーの展示会が終わるから

 

必ず見なくっちゃ! 今まで見たフランク ゲイリーの展示会の中で一番素晴しい。

 

 

あまり、他の人のキュリエーションを褒める事が少ないマリーローにしては、

 

かなりの力の入れ方で、これは見ないと前に進めない雰囲気ですぐ承諾しました。

 

退職したとはいえ、朝一番に行って長蛇の列を無視して、別の入り口から

 

丁重なもてなしを受けての入場。。。。

 

 

 

 

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一番最初に入ったのでスムーズに移動出来たものの、10分もしたら大変の人だかり、

 

 

その前に、フランクゲリーと、ロンドンのアルバーアートミュージアムのキュリエイターの

 

 

インタビューをゆっくりビデオで見る事が出来ました。(実はネイティブスピーカーの

 

 

英語が聞き取れず、売店でビデオを購入、内容はゆっくり家に帰って勉強する事に!)

 

 

 

フランクゲイリーの大きな作品のスケッチから始まって、模型、それが実際に建築

 

 

されてからの写真等々、、、、、物件ごとのエピソードを聴かずして、起こりそうな

 

 

デザインと実際の施工上の食い違いや、揉め事が聞こえそうな建物ばかり。

 

 

 

 

 

 

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去年オープンした、ルイビトンの建物へもマリーローが連れて行ってくれましたが

 

 

 

模型で見たらまるで、布か紙?兎に角柔らかな素材でしかイメージ出来ないカーブを

 

 

建築の素材で実現! 設計したフランクゲイリーも凄いかも知らないけれど、

 

 

それを具現化させたクライアントも素晴しいと思います。(30年前に始めて訪問した

 

 

カルロ スカルパのベローナ銀行以来の感動です、ーその当時もカルロ スカルパの

 

 

ディテールに拘る繊細さに驚いたと同時に、実際に建築物として依頼したクライアント

 

 

銀行の責任者は素敵だと思った時と同じフィーリングです)

 

 

 

 

 

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最初に見てビデオによると、フランク ゲイリーはカリフォルニアで若い頃を過ごされた

 

 

特に住宅の窓の取り方が、太陽の移動をとても敏感にとらえて、既成概念に拘らず

 

 

窓をデザインされているのが印象的です。特に世に出るきっかけと成った自邸が

 

 

今持て囃されているシャビーな素材に、ローコストの建築ーとても心動かされます。

 

 

 

 

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ビルバオのグッゲンハイム美術館を沢山の友人の建築家が見学に行っていますが

 

 

この展覧会を見たら大変行きたくなりました!

 

 

 

少し疲れてきて時計を見たら、3時間もこの会場にいたのに驚きました、、、、、

 

 

もう少しこの感動を次回にお伝えします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メゾンドオブジェ2015ーIII

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メゾンドオブジェは、超モダンよりもネオクラシックなインテリアが多い話をしましたが

 

 

 

部屋を作り込んで家具+照明+小物全て統一して売っているインテリアブースが目立ちます

 

 

 

個人的には、この手のインテリアはあまり得意ではありませんが、それでも

 

 

 

こんなに沢山のブースが、各会社ごと、少しずつ趣を変えて見せていると

 

 

 

消費者が多い事を感じさせられます。

 

 

 

 

 

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メゾンドオブジェの魅力は商品の購入にミニマムが少なく買い易い点もありますが

 

 

 

こうしたインテリアショップの演出の仕方を見るのがとても勉強に成ります。

 

 

 

 

 

急ぎ足で歩いていたら、大阪のインテリアコーディネーターの方々に声を掛けられました、

 

 

 

‘折角なのでフェンディーのショールーム行きますか?’ 是非!という事で向かいました。

 

 

 

フェンディーの家具会社の社長は20年来の友人なので、いつも疲れたら、

 

 

 

お茶を頂きに寄ります、ベテランらしいコーディネーターの方々も、メゾンは

 

 

 

インテリアの作り込みに大変勉強になる!とおっしゃていました。。。。。。。。

 

 

 

フェンディーの家具達はロシアや中国のお金持ち用にしっかりセグメントされているので

 

 

趣味とは違っても、ここまで統一されていたら商売になるだろう、、、、、と

 

 

ため息が出ます。フィアットの車の座席を作り続けて、いくら働いても社員に十分な

 

 

待遇を保証出来ず、付加価値を追求して、フェンディの家具を扱いだしたアルベルト社長

 

 

今日も、満面の笑顔で私たちを迎えてくださいました。最近スタートした’ベントレー’

 

 

のインテリアも大変好評で、社員の方々も脹よかな笑顔です。

 

 

 

 

 

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こちらは打って変わって鉄錆のインテリア

 

 

 

所狭しと置かれたシャビーなインテリア小物達

 

 

 

 

木部も、長く風雪にさらされたものや、わざと焼きしめた木材を使い、

 

 

一つのインテリアを構成しています。

 

 

 

 

 

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ここ2、3年特に目立つこの傾向のブース作り。

 

 

 

しっかり作り込んでいるので、これも趣味とは関係なく美しく思います。

 

 

 

 

 

ヨーロッパの街角ー日曜日に開かれるアンティックフェアーに出てきそうな

 

 

 

アンティックばかりを集めて売っているコーナーもあります、パビリオン1

 

 

 

エスニックというタイトルの館ですが、世界中から集まったエスニック小物

 

 

 

アフリカあり、東南アジアは勿論、日本のお見上げ屋サンのような商品もあり、

 

 

 

ティベットから仏像までフェイクに作り込まれて売っています。。。。。。。

 

 

 

 

 

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各ブースの作り込み方が勉強になりますが、お金も掛かっています。

 

 

 

ベルギーのセンプレのように、自社ではショールームも持たず、

 

 

 

製造メーカーとバイヤーとを繋ぐ事務所だけ。年に2回のメゾンとドイツ

 

 

アメリカのフェアーには大金を支払ってインテリアを作り込む。

 

 

 

フェアーがもともと、商売の市場から発生しているヨーロッパとの

 

 

違いをとても感じます。。。。。。。。