’IRORI’の繭

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ミラノ大学の ’アウラ ホール’、キッチンハウスが ’IRORI’ を展示したスペースを

 

 

 

中庭から見た写真です。 2014年、キッチンハウスで隈研吾氏のキッチンを展示する事が

 

 

 

社内で正式に決定した日、隈研吾氏は連続で、ミラノ大学のイベントに参加されているので、

 

 

 

どのコートヤードが良いでしょうか?と伺ったら、‘兎に角、室内空間を確保して欲しい!’

 

 

 

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ミラノ大学のイベントでは大学の校内なので、’アウラ ホール’だけが唯一の室内空間、

 

 

 

すぐにインテル二誌の担当者ーミケランジェロ氏に連絡、唯一の室内空間を確保出来ました。

 

 

 

’IRORI’ 繭のイメージが隈研吾氏の頭にあったのでしょう、、、、、、

 

 

 

 

 

 

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展示2週間前、 隈事務所担当の方々や、現地のスタッフで、繭を編む工程から、始まります。

 

 

 

いつもはサローネ期間中だけの一週間足らずの展示ですが、今年はミラノ万博が始まるので

 

 

 

6週間の会期と長くなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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隈研吾事務所からのスケッチ:

 

 

 

1、)バーカナイズド ペーパーを編む、捻りながらピンで留め、

 

   チューブ状の5Mのアーチを作る。

 

 

2、) アーチを連続する(アーチ単体では弱いので、頂点をずらしながら連結する)

 

 

 

3、) アーチを立ち上げる (アーチと基礎を接合する)

 

 

 

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ちょっと写真ではわかりにくいですが、会期が長いので、その関係で補強が必要になり、

 

 

 

天井から吊るす工夫もされています。

 

 

 

今この ’IRORI’は、船に乗ってキッチン ハウス福岡店での展示が計画されています。

 

 

 

キッチンハウス福岡店が、建築家窪田勝文氏のデザインによりオープンした、

 

 

 

一周年記念イベントです。

 

 

 

 

またご案内させて頂きますので是非お立ち寄り下さいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‘IRORI’-インテルニ誌キッチン特集の表紙を飾っています!

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キッチンハウスが初めてミラノ フォリーサローネに出展した隈研吾氏

 

 

 

デザインの’IRORI’は、イタリア建築誌ー インテルニの年に一度発刊される

 

 

 

キッチン特集 ‘CUCINA 2015′の表紙を飾りました。

 

 

 

 

 

 

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2014年秋ー ‘IRORI’ のプロトタイプが出来上がり、隈研吾氏と田島庸助社長が

 

 

 

実寸でのチェックをしています。隈研吾氏は田島庸助社長の大学の後輩にあたり、

 

 

 

キッチンハウス上海店や、キッチンハウス藤岡工場のリノベーションを御願いしています。

 

 

 

 

人は ‘火’ を囲んで暮らして来た。 ’IRORI’ は ’火’とともに暮らす為の

 

 

‘自由なランドスケープ キッチン’である。

 

 

’IRORI’ は竹の皮と鉄パイプで構成されている。

 

 

(隈研吾氏のメッセージより引用)

 

 

 

 

 

 

 

 

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ミラノ フォーリ サローネ(ミラノ市内でサローネ時にサローネ会場以外での、デザイン活動

 

 

 

この提案をしたジルダ ボヤルディー女史はミラノ市への貢献度の高さで名誉市民賞を受賞

 

 

 

ミラノフォーリサローネのお陰で世界一を誇っていたドイツケルンの国際見本市や

 

 

ミラノサローネに追いつけ追い越せのスローガンを唱えるパリ、メゾン ド オブジェ とは

 

 

比べ物に成らない世界中からのデザイン関係者の集客量を誇っています。

 

 

中でもインテルニ誌編集長ージルダ ボヤルディー女史が力を入れるミラノ大学のイベント

 

 

 

 

 

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2006年から隈研吾氏はこのデザイン活動に協力、 そこには少しエピソードがあり

 

 

 

ミラノサローネ報告会ーキッチンハウスの全国のショールームで行われるサローネスライド会では

 

 

 

ご説明させていただきましたが、2006年ミラノで食事をしていたジルダ女史から隈研吾氏に

 

 

 

イベント参加を打診しているが事務所からは全く連絡が無いとの事で、私が隈研吾氏の携帯に電話、

 

 

 

繋いだのが最初です、’スポンサーは、デザイナーが探せれば其れも良いが、難しければ全て

 

 

 

インテルニ側で用意するとのことで、2007年無事、当時はスフォルツファー城でのイベントでしたが

 

 

 

隈研吾氏の組木のプロジェクトが展示されました。組木のプロトタイプは日本で製作しましたが、

 

 

 

それ以外の輸送、搬入、搬出は、インテルニ側でスポンサーを捜した経緯があります。

 

 

 

スポンサーありきの展示ではなく、インテルニ側がその時、大切だと思うデザイナーを

 

 

 

探し出し、イベントを組み立てるジルダ女史のデザイン展への壮大なビジョンを現すイベント

 

 

 

今年はキッチンハウスが初めてこのイベントに参画致しました!

 

 

 

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ミラノサローネのオープニングの前日、日本からは、インテリア雑誌だけではなく

 

 

ペンやカーサーブルータス、アエラ等、一日中、取材に追われていた、隈研吾氏と

 

 

キッチンハウス 田島宗八専務です。(外壁の役目を果たすこの ’繭’ バーカナイズド

 

 

ペーパーと言う厚さ1ミリの特殊な紙、で作られています。後ほど、準備の様子もお伝えします)

 

 

重厚なインスタレーションが目立つ、ミラノ大学のイベントでは、’IRORI’ はとても繊細で華奢

 

 

 

沢山の方々が、この繭を不思議そうに愛着を込めて眺めておられました。。。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラパゴスの話

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イタリアの親しい友人達のグループで、ガラパゴス諸島に行きました。

 

 

 

 

エクアドル本土から西へ約900キロメートルにあり、本当に沢山の島々と岩礁に

 

 

囲まれています、それにしても、海の水の色がタコワーズ色、澄み切っていて美しいです。

 

 

 

 

 

 

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岩の上の同系色のイグアナが見えますか?

 

 

最も北にあるダーウィン島に行きました、チャールズ ダーウィンー進化論から名付けれています、

 

 

1834年ピーグル号に乗船したチャールズ ダーウィンがイギリスに持ち帰ったガラバゴスゾウカメ

 

 

ハリエットはその後175歳まで生きたと記録に残っています。

 

 

 

 

 

ガラバゴスリクイグアナとウミイグアナの2種類にわかれ、小型なので恐ろしくは無いのですが

 

 

姿は本当に恐竜のようです。。。。。。。

 

 

 

 

 

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オットセイー海で泳いでいると親しく寄って来て、自分も一緒に泳ぐような仕草をします。

 

 

 

あまり動物好きではないのですが、ここまで自然の中にいると、こちらが訪問者なので

 

 

 

もともといた動物達に敬意を示さないと、と言う感じがして来るのが不思議です。

 

 

 

 

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北のダーウィン島と南のエスパニョラ島の間には220キロメートルの距離があり、

 

 

 

その間にある サンタ クルス島 バルトロメ島、サンチャゴ島を通って、

 

 

サン クルストバル島に行った時、上陸して皆で歩いたら山の上に淡水の湖がありました。

 

 

500~1000万年前に火山活動で出来た諸島と聴いていましたが、実感したようです。

 

 

 

 

 

 

 

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外来者を全く恐れない動物達ーもちろんガラバゴスへ訪問した人たちが危害を加える事は

 

 

 

考えられないので、当然かもしれませんが、よく眠ったオットセイが横たわっています。

 

 

 

 

 

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美しい夕焼け、静かな静かな夕焼けです。。。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンテンポラリーダンスの世界を開いたモーリス ベジャール

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モーリス ベジャール氏ー1927年生まれフランス出身の振付家ーベルギー20世紀バレエ団

 

 

 

初めて見た舞台は、スイスーローザンヌの劇場、クラッシックバレエに憧れてロンドンの

 

 

 

コベント ガーデンのロイヤルスクールー夏の合宿に通っていたかなり昔、

 

 

 

 

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クラッシックバレエの基礎をしっかり習得したダンサーが踊るコンテンポラリー バレエを

 

 

 

見たのは初めてで、とても興奮したのを思い出します。。。。。。。舞台では台詞もあり、

 

 

 

無言でダンスをしているのがバレエと思っていたので、とてもショックでした。

 

 

 

 

 

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マルセーユに生まれ、哲学者ーガストン ベルジュ氏がお父様で、14歳でバレエのレッスンを

 

 

 

始めた頃はお父様が大反対、それでも、ロシアバレエのダンサー 振り付け師 

 

 

 

セルジュ リファール師やマチルダ クルシェンスカヤ女史に指導を受け、もう既に人生は

 

 

 

振り付け家になるように動いていた。。。。。。

 

 

 

 

 

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1959年、鹿の交尾から着想したという、ストラビンスキー ’春の祭典’

 

 

 

大成功したモーリス ベジャール氏はベルギー政府の支援を得て、20世紀バレエー団を

 

 

 

結成し、忘れもしない名作 ’ボレロ’ が生まれます、円卓の上でソリストが旋律を踊り

 

 

 

コールド バレエ(群衆)が周りを囲むー当初はディスカ シファーニスと言う女性ダンサー

 

 

 

の為に振り付けられましたが、その後、男性ソリスト ジョルジュ ドンが踊って

 

 

 

映画監督クロード ルルーシュにより映画化された ’愛と悲しみのボレロ’ はあまりにも

 

 

 

衝撃的な映画となりました。(youtube にて一部閲覧可能)

 

 

 

 

 

 

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東洋思想や日本文化にも興味を示した ベジャール氏の歌舞伎役者との共演の ’ザ カブキ’

 

 

 

三島由紀夫をテーマにした ’M’、その頃はかなり舞台衣装にも力を入れ始めたようです。

 

 

 

私が初めて見た ボレロ や、ニジンスキーの’神の道化’ はダンサーが全てタイツと稽古着のような

 

 

 

シンプルな物で、背中の隅々の筋肉や体の様々な動きで表現していた頃は衣装に拘らず、

 

 

 

とても新鮮な驚きでした。

 

 

 

 

 

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ベンと呼ばれていた幼少期、お父さんの反対を押し切ってダンサーに成り、映画監督を志望していたが

 

 

 

そのまま振り付け師としての運命が待っていたー20世紀バレエ団の次にはスイス

 

 

 

ローザンヌに本拠を移して’ベジャール バレエ ローザンヌ’を立ち上げ

 

 

 

2002年には自身が設立した ルードラ バレエスクールの若手の寄るカンパニー ’M’

 

 

を結成、そのドキュメンタリー映画 ’ベジャール バレエ ルミエール’ 製作されました。

 

 

‘新しい振り付けはこれからも続きますか?’ と言う質問に、’驚きの無い舞台はベジャールの

 

 

目指す世界ではない。。。。。。。。’

 

 

 

 

 

 

美しい朝焼けーサラ邸から

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今朝、私の尊敬する美しい未亡人ーサラ クリスピーさんから届いた写真です、

 

 

 

マルペンサ空港から近いガラーテに彼女の広大な庭と15世紀の建物

 

 

 

4月のサローネの折には、キッチンハウスのミラノサローネ研修グループと

 

 

 

モダンリビングの下田編集長達と訪れました。きっと彼女のお宅からの朝焼けの写真です。

 

 

 

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サラさんのお宅の庭の一角に作られた菜園からのもぎたての野菜達、太陽を一杯浴びて

 

 

見ているだけで幸せです、彼女のお宅に御邪魔するとこのトマトは、モッツアレラ チーズと

 

 

合わせて ’カプレーゼ’になったり、アサリのむき身とニンニク+ハーブで煮込んで

 

 

スパゲッティー、’ボンゴレ ロッソ’になったり、ラザニアの ミートソースーラグーになったりします。

 

 

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春には、庭から沢山のバジル取って来て、ジェノベーゼソースによく炒めた新鮮なエビ

 

 

そして松の実が沢山添えられて出て来ました、北イタリアの出身ですが、

 

 

ご主人のシルバーノさんがとてもパスタには煩く’アルデンテ’を好まれたのでとても

 

 

歯ごたえのあるパスタです。。。。。。。イタリアはどうしてか? 南に下る程

 

 

パスタが ’アルデンテ’に成り、北イタリアは、拘っていないと、驚く程柔らかいパスタが

 

 

出て来たりします。

 

 

 

 

 

 

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サラさんの親友ーダニエラ ベルタジオー二さんーミラノグランドホテルのオーナーです。

 

 

 

(5代目の彼女は、リーディングホテルの五つ星の中で稀な代々続くオーナー経営者)

 

 

ダニエラさんもサラのテーブルセッティングにうっとりです、、、、、、、

 

 

 

グランドホテルはミラノスカラ座から歩いて2、3分のところなので、ジョゼッペ ベルディー氏が

 

 

晩年を過ごしたり、マリア カラス や ダンサーの ヌレエーフ、 マーゴット フォンティーンの

 

 

名前のついた部屋があります。

 

 

 

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北イタリアと南イタリアの食文化の違いパスタの固さや、生の魚介を好むのは南の出身者が多く

 

 

どうも、ローマより上、フィレンツエ、ウンブリア、トスカーナ、、、、、ロンバルディア

 

 

ピエモンテ地方の方々は、お肉を好まれると言うか、魚介の新鮮な物が入りにくかったのでしょう、、、、

 

 

 

 

年に一度、ピエモンテ地方のアルバの近くにあるサラ邸にお邪魔しますが、秋のトリフは

 

 

目玉焼きの上にトリフをふんだんにスライスするのがいちばんおいしいと思いますが、

 

 

サラさんはやはり北イタリア生まれ、ファッサーノ産のマンゾ(特に拘るファッサーノー

 

 

神戸ビーフのようなブランド)のカルパッチョにトリフをスライスするのを好みます。

 

 

 

 

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2013年の年明けすぐに他界されたシルバーノ氏、赤い薔薇の着いた写真は私が一緒に旅をした折の

 

 

 

写真です。。。。。。。。。。。その後、同じ所にサラさんと訪問したら、一人に成って、シルバーノ

 

 

 

との日々をジーと噛み締めておられました。。。。。。。もうサラの中にご主人は永遠に生き続けて

 

 

 

いる感じがします。

 

 

 

プーリア料理ーマッセリア ポテンティ

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長靴形をしたイタリア半島の丁度踵のあたらりがプーリア地方、

 

 

緩やかな起伏をもった丘陵地からなるこの地方には、強い日射の下で

 

 

まぶしい程に輝く白い個性的な集落が点在しています。

 

 

チェステルニーノもその代表的な町で、周囲には、ロコロトンド、

 

 

オストウー二、マルティーナ フランカという美しい集落を訪問するのも

 

 

楽しみです。

 

 

 

 

 

 

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チェステルニーノは、アドリア海からやや奥まった海抜350メート程の丘陵地

 

 

 

もう一つの宿は、マッセリア ポーテンティーご主人がお医者様で奥様は弁護士

 

 

両方この地の出身で(正確には マンドーリア地方)今はミラノで仕事されていますが

 

 

週末には、車でいろいろな物を運んでこのマッセリアにやってきてB&B を営んでおられます。

 

 

ミラノから車だと、7~8時間は掛かるので毎週末となるとかなりの労力でしょうが

 

 

惜しまずに、エンジョイして続けておられる様子です、ミラノに戻られる時は、オリーブ油や

 

 

ワイン、オレンジマーマレード、ハーブ等々、車にぎっしり詰まっていました。。。。。。。

 

 

 

 

 

 

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娘のフランチェスカさんとボーイフレンドは、今夜のパスタの準備を早い午後から始めます。

 

 

ここでは、‘Farina per Panne’ という強力粉を主成分として、水と少量の卵

 

 

そして後は、忍耐つよく捏ねて、捏ねて、ドーが出来上がります。

 

 

 

 

 

 

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ペペロー二は肉厚のピーマンのような物ー日本でも最近スーパーマーケットでも購入出来ますが

 

 

ここでは、栽培もしています、ミラノの消費される野菜のほとんどがプーリア地方産。

 

 

早春、長~い冬が飽きて来た頃、‘もうすぐ春がそこまで来ていますよ!’ とささやくように、

 

 

ミラノのオープンマーケットで、エンドウ豆を見る事があります、其れもほとんどが

 

 

プーリア地方の物のようです。チミディラッパーという、菜の花の一種のような野菜も

 

 

プーリア産で今ミラノでは、大変お洒落なレストランで流行っています。

 

 

 

プンタレッレ というブロッコリーのような形の野菜も南生まれで、

 

 

 

アンチョビーとオリーブオイルだけで頂きますがやみつきになる

 

 

 

美味しさです!(最近、日本の紀伊国屋やデパートで日本産も見つけました)

 

 

 

 

 

 

 

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オリーブの素晴しい古木が沢山並んでいます、トスカーナ地方と同じように

 

 

イタリアの輸出産物の代表のようなオリーブ油。

 

 

最近は、インテリアにも古い幹の大きなオリーブの樹が流行っているので、夜中、

 

 

根っこから掘り起こし盗まれることもあるようです、、、、、、、、、

 

 

 

それにしても立派な古株のオリーブの樹に見とれてしまいます。

 

 

 

 

 

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プーリア風ラザーニアー野菜だけのラザーニアです。

 

 

 

‘Farina Debole’ = 薄力粉をオリーブオイルで優しい火で焦げ付かないように炒めて

 

 

ミルクとクリームを足して少し煮詰めます、 ホワイトソースのような作り方ですが

 

 

バターを使わないのがフランス料理との違いのようです。

 

 

 

 

ジェノベーゼ ソースは 庭に沢山のバジルが育っていたので積んで来て、丁寧に葉っぱを洗い、

 

 

やはり自家製のニンニクと松の実を加えて、庭から採取された特別なオリーブオイルで作られます。

 

 

トスカーナ地方では、ジェノベーゼの変わりにひき肉のラグーが使われますが、野菜中心料理の

 

 

プーリアらしいレシピーです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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