2013.08.14 Wednesday
ベルリンール コルビジェのユニテ タビタション
ドイツベルリンに1958年完成したル コルビジェのユニテ タビタション
数年前フランス マルセーユのユニテ タビタションを訪問した事があり、
入り口にはコルビジェ氏の主張の実践である’ドミノシステム’が刻印されていて
ここはマルセイユ?と錯覚するくらいエントランスは類似しています。
東西の壁が崩壊して25年が経つ今,やっとベルリンを訪問出来ました、
家具の国際展示会が毎年1月にケルンであり、大変な寒さで凍てついてしまって
休暇にドイツというイメージがわかなかったのが正直な話です。
コルビジェ氏がドイツ政府に協力的なビシー政権と親しく、
フランスレジスタンスの運動を支持したジャン ヌレー氏との関係は悪化
その後インドでの再会まで袂を分つ!という記事で読んだ事がありますが
ベルリンにいると第2次世界大戦の歴史の中にいるような場面が沢山。
あまり日本人観光客を見る事が少ないベルリンの街
確かに外見的な美しさに目を奪われてしまうパリやローマの町並みには無い
深い思想というか、頑固なまでの真面目さを垣間見る街ーベルリン
美術館も建築的にも沢山見学するところがあります。
今年の夏はヨーロッパでもヒートウェイブが来ていて、北ヨーロッパでも
30度を越す日があると聴きますが、ここベルリンは日中でも18度位
ドライに乾燥した空気の中、身が引き締まる想いです。
住居を大切にするドイツ民族、ベルリンの元東ベルリン側のポーランドの近くまで
車で行ってみましたが統一されて25年が過ぎるのに廃墟と化した工場跡地
その周りの住居は共産主義の頃建設されたアパートが建ち並びますが
とてもスペースが広く、寒さを防ぐ為2重窓に成っていて堅実な国民性を感じます。
ベルリンのユニテ タビタションではマルセイユのようにホテルを営む人が無く
中の住居を見る事が出来ませんでしたが、完成当時の新聞の記事が沢山ロビーにあり
平面図からは、マルセイユのようにコルビジェの唱えるーモジュロールの実践
寸法が全てモジュロールに則っている様子がわかります。
ちょっと余談ですがベルリンは人口がヨーロッパでも多い割に
高層ビルが少ないのと緑が多いのでとても落ち着いた街に感じます、
このユニテ タビタションの廻りにも沢山の樹木が有り、オリンピック競技場の近く
公園にも恵まれていて、ゆったりと暮らせそうな気がしました。
レンガ、石積みー組積造が多いベルリンの街並の中で,スラブ、柱、階段のみ
建築の主要要素と唱えるドミノシステムを考案してコンクリートのモダン建築を
定着させたコルビジェ氏
ピロティー 屋上庭園 自由な平面 水平連続窓 自由な立面ー近代建築の五原則
ある記事に、コルビジェがサボア邸でこの五原則を完成させる前に
コルビジェの事務所にいたインテリアデザイナーのアイリングレー女史の別荘で
彼女が実現しているのを発見して、宿泊していたコルビジェが大きな白い壁に
自分自身で絵を描いてしまった事件を読みました、このアイリングレー女史の
カップマルタンの別荘もその後廃墟と化した建物をフランス政府が修復中の様子です、
完成したら是非見学したいと、サイトをいつもチェック中です。。。。。。。
明日はミース ファンデルロイエ氏のアメリカに亡命する前の家を見学してみたいと
戦後は東ベルリン政府の人達の住居に使われていたとか、歴史に弄ばれる事に成る
ベルリンの建築を廻って見ます。