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2015.02.23 Monday

永遠のエットレ ソットサス!


 
 
 
 
 
今年はニューイヤーグリーティングから、バルバラ ラディーチェ女史がしきりと
 
 
連絡して来て、ミラノでは是非逢いたい!と、、、、、、料理上手なバルバラ女史は
 
 
夕食を一緒にしたいと、、、、、、有り難いのですが、こういう時のバルバラさんは
 
 
何か頼み事が或る時です、30年くらい前、雑誌 ’TERAZZO' を出版した折も
 
 
優しい声の電話が掛かり、飛びついてみると、雑誌の広告を取ってくるように!!
 
 
その頃、親しくしていた竹中工務店の設計部長が見開きで広告を出してくれたので
 
 
何とか成りました、、、、、、(その後竹中工務店はソットサスに福岡ドームの設計
 
 
を依頼して今も残るシーフォークの福岡ドームはソットサスのデザインが残っています)
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
必ず逢えるまで電話を掛けるバルバラ女史の癖を知っているので、ドリンクに伺います!
 
 
 
 
晩年ソットサスが時間を過ごしたバルバラ邸、ダイニングルームはそのままです。
 
 
 
 
 
今回の依頼は、バルバラ女史の友人が日本に遊びにくるので’フルアテンド’して欲しい!
 
 
 
かなり難易度の低いご依頼だったので喜んで引き受けました。只サローネの開催時期
 
 
 
今年は特に、キッチンハウスが隈研吾氏にデザインを依頼して出品する年なので、
 
 
 
私はアテンド出来ない、兎に角いつもこんな時にお願いする有り難い姪達に連絡。
 
 
 
何とか一人が準備してくれる事に成り、一件落着。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
2007年の’TJM デザイン’ークオータリーでソットサスのインタビューをする事が出来、
 
 
 
このダイニングルームで貴重なインタビューが出来たのを思い出します。。。。。。
 
 
 
 
 
写真家の村角 創一さんもミラノにいらして下さり、写真撮影出来ました、
 
 
 
村角さんも緊張されていたのか、3時間くらいの撮影の後、ホテルに戻られて
 
 
 
夕食の約束に現れなかったのを思い出します、、、、、、濃密な会話内容で、
 
 
 
今も鮮明に内容を覚えています。2008年1月1日、90歳になった年に
 
 
 
仕事を終えて夕食の前にちょっと休むよ!と言ったまま、本人も知らず息をされなくなった
 
 
 
エットレ ソットサス!
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
日本についての想いを伺ったとき、枕の草子の’白’の美しさを書いた一節
 
 
 
恋いこがれた女性との逢瀬の折に、恋文で使った紙の白と同じ白を身につけて、、、、、
 
 
 
その時、エットレは涙にむせていた事。他の建築家の事は決して認めなかったエットレ、
 
 
 
東京の小さな家の設計で来日した時、お茶を飲んで話をする為に、槙文彦氏の設計された
 
 
 
ヒルサイドテラスに車を止めようとした時、’血管に赤い血が通っていない人の建物で
 
 
 
私を絞め殺そうと言うのか?’と、車のハンドルを握ってその建物の近くに駐車する事を
 
 
 
拒んだエットレ、、、、、、、、建物が出来、お目に掛かる度に’家にいて幸せ?’
 
 
 
と聴いて下さるエットレ師、’ちょっと雨漏りが。。。。。。。’、’僕は良い物をプレゼント
 
 
 
するよ__!’ ’日本語でなんて言うのか知らないけれど、雨音を聴く為の陶器’
 
 
 
水琴屈ですね! 問題の或る子供は特に可愛いと聴きますが、建物も同じかも知れません、
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
’自然について’という質問をした時も同じ絵が飾ってありました、
 
 
 
 
’僕は自然は大嫌い!そう言い切れるよ、だって癌も自然なんだよ、古代から自然は
 
 
人々は自然との戦いの中に生きて来た、自然はとても冷たく、湿気があって、とても暑い
 
 
人間というのはとても壊れ易く繊細なんだ。強い時もあり、頼もしくもあり、だけど
 
 
壊れる。自然は我々の敵なんだよ。富裕層の人たちは自然を檻の中に入れようとして
 
 
その法則とスタイルに浮かれている。だから庭って言うのは閉じ込められた自然なんだよ、
 
 
人々は花を生ける、それてその花が枯れるのを見届けて安心する。そうすれば花が人に
 
 
飛びかかってくる事はないから。美しい花には毒がある。毒は人間を害する。
 
 
この話を続けるには、自然の定義から始めなきゃ。。。。。。。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
'全ての物事の存在の裏には、存在する事の意味が、理由が込められているんだよ’
 
 
 
 
 
もし、1970年代後半にミラノに始めて行った時、エットレ ソットサス氏に
 
 
お目にかかっていなければ、私とミラノの付き合いもずいぶん変わった物になっていた?
 
 
もしかしたら、こんなに付き合うことが無かった町だったかもしれません。。。。。。。
 
 
 
 
 
倉俣史郎さんー日本に行った時、僕が黒のインクが欲しいと言ったら、とても小さな
 
 
店に連れて行ってくれた、引き出しが沢山あって、優しい笑顔の老紳士が、
 
 
’何かお探しですか?’ と尋ねたので、’黒のインクが欲しい’ と言った
 
 
そしたら、彼は僕の顔をまじまじと見て、ひと呼吸を置いてから、’どの黒にいたしましょう?’
 
 
TJM DESIGN Vol.02 2007 より