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2010.08.27 Friday

倉俣史朗+ソットサス展―上海


 
 
隈研吾さんの監修で、倉俣史朗氏とエットレ ソットサスの展示会がありました。
 
 
扉メーカーの主催だったので、二人の扉のデザイン展でした。
 
 
 
それにしても何と新しいのでしょうか!!
 
 
 
倉俣さんが亡くなられてから少なくとも23年は経っているので
 
 
その前のデザインでしょうが、、、、、、、とても新しい息吹を感じます。
 
 
 
 

 
 
 
エットレ ソットサスはとても倉俣史朗さんの事を尊敬していて、、、、
 
 
日本にくる度に、いつも倉俣さんと食事をしていました。
 
 
倉俣さんもとても、敬意を払われていて、とても暖かな空気がいつも二人を包んでいたのを
 
思い出します。
 
 
丁度、倉俣さんが、突然若くして亡くなる前の週も,4日間毎日、夕食をご一緒したのを
思い出します。
 
 
六本木の炉端焼屋サンで日本酒を飲みながら、とても楽しく話が弾んでいました。。。。。
 
 
私の友達のクリストフが、鯛の頭の実をほじっていたら、ソットサスが気絶しそうな顔で
怒り狂っていました!! 静かに、倉俣さんが、’だって一番おいしいところだもの、、、、、
と言って、また大騒ぎでした、、、、、、、、
 
 
 
 
 

 
 
 
 
今度、イッセイ●三宅のギャラリーで、二人の展覧会を企画しているとの事を伺いました。
 
 
本当に、忘れてはならない重要なデザイナーだと思います。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
倉俣史朗サンが、80年代、ソットサスから、‘メンフィス’への招待状を受け取ったとき、
 
 
‘どうしよう、、、、、、エットレからラブレターを届いたよ’と美恵子奥様に話された様子です
 
 
メンフィスのミラノでのオープニングを今も思い出します。。。。。
 
 
静かなミラノの街が爆発したような人たちの群れ。
 
 
今も語り続けられているメンフィスのオープニングパーティでした。
 
 
それからも二人は、デザイン界でのオピニオンリーダーであり続けました。
 
 
 
 
 

 
 
 
上海の飛ぶ鳥を落とす勢いの建築物の数々、、、、、、、
 
 
 
その中での展覧会でも少しも古い感じどころか、新たなデザインの息吹を感じる作品達。。。
 
 
 
よく、ソットサス事務所のマルコ ザニーニが、日本に来るたびに口癖のように言っていた事
 
人は忘れる事は容易いが、、、、クラマタ 史朗のなし得た美学は、決して忘れてはいけないんだ!!!